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第一章

第一話 マグヌス王子、『癒し』を知る〜地域に2人も居て良いのか問題

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 明るく色とりどりの花が咲く王宮の中庭。その噴水の手前に今、幼児が2人いる。
 2人は顔見知りで、お互いに気づいた瞬間どちらともなくパタパタと小走りし、向かい合うと短い手で互いの体をあちこちトントンしながら、足は昂揚でジタバタしながら「りゅじぇー」「りろー」と舌足らずな発音で互いの名を呼び合って笑っている。
 本の世界では、こういった存在は地域に1人ということになっているはずだが…それがここに2人もいて良いのか?それが5歳になるマード国王子マグヌス・マードの最初の感想だった。
 マグヌスの側近候補であるユリアン・コークとリゼル・クインは2人ともマグヌスと同じ5歳児で、2人共にもう少しで2歳になるという弟がいる。その弟達を見ての感想がそれだった。
 直毛の黒髪に黒瞳のマグヌスと違い、ユリアンの弟リオンは金色のふわりとした少しクセのある髪に紫色の瞳、リゼルの弟ルゼルは薄茶色のくりくりとした髪に翡翠色の瞳をしていた。2人ともその目は大きく無垢で、よく笑い、女の子とも男の子とも言い切れない見た者の目を引く性別を超えた美幼児だった。過剰なほどのフリルのついた服が恐ろしく似合っている。
 常々ユリアンとリゼルに「うちの弟は天使だ」「確かに。だけどうちの弟も天使だ」「確かに」という会話を聞かされ続けていたマグヌスは、なぜ2人が「いや、うちの弟こそ天使だ」と言い返さないのかと、その中途半端な兄バカぶりに呆れていたが、今その答えがわかった。
 2人とも本当に天使のように愛らしいのだ。見る者を和やかにさせる、ふんわりとした雰囲気が2人にはある。
 短い手足で、今は懸命に己の兄の後を追っている姿は、天使が羽を羽ばたかせているかのようなパタパタという小さな足音と、それに合わせて揺れる髪と、「あにゅうえ」と『兄上』と言えないリオンと「あにゅーれ」とやはり『兄上』と言えないルゼルの可愛らしい声と…とにかく愛らしさこの上なく、そこに居た誰もが2人に癒やされていた。
 「これは本当に可愛いな。お前達が天使だと言うのもわかる」とマグヌスはリオンとルゼルを眺めながら言った。
 「そうでしょう殿下。1人でも可愛らしいのに2人並ぶと、もう、ものすごく、とても、たくさん、可愛いのです」とリオンの兄ユリアンが言う。5歳児の語彙力として最高の評価だ。
 ユリアン自身も金髪碧眼のなかなかの美幼児だし、リゼルも薄茶の髪に薄青色の瞳の美幼児だが、愛らしさという点で弟達が上をいっている。
 「お前達はこの可愛い弟達を生まれた時から見ていたのか」
 ユリアンは公爵家嫡男、リゼルは侯爵家嫡男。ユリアンの母とリゼルの父が兄妹という関係の従兄弟同士で幼い頃から両家を行き来する間柄だ。
 さらにユリアンの父の妹にあたるユリアンの叔母がマグヌスの母、つまり王妃という立場であり、マグヌスとユリアンも従兄弟同士だ。
 そのような関係性と同い年ということからユリアンとリゼルはマグヌスの遊び相手兼側近候補として以前から城に出入りしていた。
 この度、マグヌスに弟か妹が生まれることになり『兄弟とは』『兄とは』に興味を持ったマグヌスが常々気になっていた2人の自慢の弟を見て『予習』したいと言い出し、この日、弟組との初対面となったのだった。
 「はい。私はルゼルを生まれた日から。リオンは生まれて1ヶ月のころから見ています。もう、生まれた時から2人は特別に可愛かったのです」とリゼルがやや上気した顔でにこやかに言う。
 「妹よりもか?」とマグヌスは少しいたずらな気持ちでリゼルの1つ下の妹のことを持ち出した。しかしリゼルは「はい、そうです」と即答。「妹のリディラもとっても可愛かったのです。でもルゼルの可愛さはそれ以上でした」
  「お前…そんなこと言って…リディラは怒らないのか?」
 「全然です。リディラも同じ気持ちです。前にレディーファーストでルゼルより先にリディラにオモチャを渡したらルゼルに意地悪をしたと怒られました」
 リディラに言わせるとルゼルは天使なので、人間の自分より敬わねばならぬのだとのこと。そこまで兄姉に愛されているのかとマグヌスが納得と呆れ半分とでいると、ぱたりと小さな音を立ててルゼルが転んだ。
 「‼︎」一瞬、人も空気も周りの何もかもが止まった…ように感じた。最初に動いたのはリゼルとリオンだ。
 「ルゼル!」とひざまづいてルゼルを起こしに行くリゼルと、「りゅじぇー」と言ってしゃがむリオン。兄に立たされ怪我の確認をされるルゼルは少し涙目で、チラリとマグヌスを見てから口元をぐっと引き締めた後、小さな声で「あにゅーれ…えんしゃい」と謝った。『えんしゃい』は『ごめんなさい』のことだろう。「怪我がなくて良かった。謝ることは何もないよ。アニューレは怒ってないよ」とリゼル。弟の前では自分をアニューレ呼びなんだなとマグヌスはぼんやり思う。
 「あにゅーれ…えんしゃいぃぃ」とルゼルは2度めの謝罪をする。翡翠の瞳にみるみる涙が溜まる。すかさずリオンが言う。
 「りじぇしゃま。りゅじぇ、かっこよくない、やだでしゅ」どうやらルゼルの謝罪の意味を伝えようとしているらしい。「りじぇしゃま。りゅじぇ、きょーじなの」
 リオンがスクッと立って…立ってもしゃがんでいるリゼルと目の高さが変わらない…紫の瞳をキリッと光らせ手をぐーにして言う。きょーじとは矜持のことか?おそらくルゼルは転んだことが貴族らしくなく、しかもそれが王子の前でということで(王子が世の中で特別な存在ということは知っている。そして兄たちにとっては更に特別ということは何となくわかっていた)兄に恥をかかせたと感じたのだろう。その気持ちを少しばかり先に生まれたリオンが懸命に代弁しているというところか。コーク家の者は賢く、そして言葉に長けているというのが世間の認識だが、それにしてもリオンは言葉の成長が早い。
 ルゼルは両手でお腹あたりの服をギュッとつかみ、うぐっと泣くのを堪える唸り声を出している。「かわいい」泣くのを我慢する幼児はこれほど可愛いものかとマグヌスが口に手を当てて呟くと、ユリアンも「まさか…泣…いやいやいや、期待しちゃダメだユリアン・コーク、ルゼルがかわいそうだろう」と青い目を瞠ってつぶやいた。どういう意味だと不思議に思うマグヌスをよそに、リゼルはルゼルを抱きしめて言った。
 「大丈夫。ルゼルは何をしても可愛いよ。ルゼルの年齢ではね、カッコいいより可愛いことの方がずっとずっと最強なんだよ」とささやいた。いや、これは兄弟揃って可愛いな。と思って見ていると、えぐっと一回言った後ルゼルが立ったまま、より強く服を握って「ふえええん」と弱々しいながらもおそらく彼の大声で泣き始めた。兄の言葉に張り詰めていた緊張が切れたような泣きだ。
 「ああっ、なんという…」とユリアンが昂揚した顔でルゼルの泣き顔を見て言う。確かに泣き顔すら愛らしく美しい。これは見たいと思う気持ちと、泣かせるのは忍びない気持ちがせめぎ合い背徳的な気持ちになる。ユリアンが続ける。「ルゼルは泣き虫なのですが、誰もルゼルを泣かせたくはないのです。でも泣き顔がとても可愛いので、時々泣き顔も見たくなってしまうのです。だから…」わかる。今みんなで背徳的気分を共有している。
 リゼルが困ったような嬉しいような複雑な顔でルゼルの頭をなでていると、リオンがおもむろにルゼルをくるりと自分の方に向け、その両手を取って「りゅじぇ、ぱんぷちんしよ」と唐突に言った。
 ぱんぷちん、おそらく『パンプキン』とは、大人が子どもにしてやる遊びで、両手を繋ぎ「パンパン」で少し弾ませ「パンプキーン」で高く持ち上げ、それを何回か繰り返して最後は抱き締めたりくすぐったりするものだ。たいていの子どもはこのパンプキンが大好きで、日頃ねだることははしたないと教えられそれを守ってきたマグヌスも、護衛や侍従にやってほしいとねだったことがあるほどだ。それをこの2人が?大人や兄たちが見守る中リオンがルゼルの手を取り「ね、ぱんぷちん。ね?」と小首をかしげて言い、続けて「ぱんぱんぱんぷちん、ぱんぱんぱんぷちん」と言いながら手を上下に揺らす。2人ともまだジャンプができないのでパンプキンのところでなんとなく踵を上下させたり膝を曲げたりしている。その様がこの上なく微笑ましい。
 やがてリオンの目論見通りルゼルが泣くことを忘れ、だんだんと笑顔になる。それを見てリオンも笑顔になる。最後は短い手で、しっかりとはくすぐりあえない2人が何かこちょこちょと動いて「ぱんぷちーん」「…いーん」と言ってキャッキャと笑いだす。それを見ていたその場の全員の気持ちがふわっとした。

 その後四阿あずまやでお菓子を食べながらマグヌスと兄組は蝶を追って周りを走る弟組2人をのんびりと眺めていた。
 あらためて兄になることに自覚が芽生えた気のするマグヌスは2人に「弟妹の誕生が待ち遠しくなった。私に似た弟か妹が生まれるなど楽しみでしかない」と話し、ユリアンも「弟君でも妹君でもきっと殿下に似た黒髪色白の赤子様ですね」とにこやかに答えた。
 「あにゅーれ!ちょちょー」とリゼルに手を振るルゼルと、蝶を懸命に追いかけるリオン。ここに自分の弟妹もいたらどんなに可愛いだろうと、王子マグヌスは5歳にして『癒し』というものの存在を知るのだった。

 その夜、マグヌスは父王と母王妃にリオンとルゼルがいかに愛らしく仲が良かったかを語り「早く私も兄上と呼ばれたいです」と興奮気味に話して2人をにこやかにさせていた。

 その後ほどなくしてマグヌスには弟が生まれた。マグヌスと同じ黒髪色白だったが、想像していたよりかなりハッキリしたクセのある顔立ちで、どう見ても父王似のゴリマッチョな赤子だった。それでもどこか自分に似ている弟を見て「うちのゴリマッチョもかわいい」と微笑んで呟くマグヌスだった。
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