上 下
14 / 29

第十四話 虹色の輝き

しおりを挟む
「あっ、あの時の少年か! 冒険者になったのか?」

 少年の赤茶色の髪と瞳、小柄な俺より更に小さいく、如何にも栄養が足りてなさそうな細い体。
 霞がかった記憶が、今しっかり思い出された。

 彼に出会ったのは、辛うじて俺の化けの皮が剥がれていなかった頃のことだ。
 森の中で山菜採りをしていたらしき兄妹が魔物に襲われたのを、たしかに助けた記憶がある。
 厳密には他のメンバーが魔物を倒したのだが、彼らは襲われていた少年たちなど眼中になく、俺がアストたちを保護した。
 身長の低かった俺より――今も低いが――小さな少年だったので、かなり若いはず。
 それに、アストを助けたのは王都に近い街の周辺だった。
 ここはあの街からかなり離れているのに、なぜこんな場所で冒険者を?

「はい。僕は去年、妹は先日紋章を授かって、少し前から一緒に冒険者として活動してるんです」

「妹?」

 言われてみると、アストの後ろに見覚えのある顔があった。
 兄と同じ赤茶が印象的な子だ。
 記憶がたしかなら、この兄妹は孤児院暮らしのはずだが。

「孤児でも成人するまで、孤児院で生活できるだろ? わざわざ冒険者になんてならないで、安定した職種に弟子入りすればよかったのに」

 俺も孤児院育ちだから知っている。
 紋章を授かったら紋章が役立つ職を探し、見習いとして通わせてもらい、成人までに正式な弟子になって孤児院を出る、それが常識だと。
 そして冒険者になるのは最後の手段で、正式な弟子になれなかった場合に仕方なくなるもの、そう教わっていた。

「僕、ワルター様と一緒が良かったんですけど、槍使いの紋章は得られず、斧使いの紋章を授かったんです。でも斧使いだし体も小さいから兵士とか無理で……」

 アストと出会った当時の俺は、『槍聖そうせいの勇者』と言われていたので、そんな俺に憧れのあったアストは槍関連の紋章が欲しかったようだが、授かったのは『斧使い』だったらしい。
 実際の俺は、槍聖どころかクソ雑魚ナメクジなのだが……。

 それはそうと、生半可戦闘系の紋章を授かると、逆に就職しづらいと聞いた事がある。
 しかし、斧使いは戦闘職ではあるものの、きこりも視野に入る……と思うのだが、小柄な彼の体格を考えるとそれも厳しそうだ。
 というか、アストの体に一番不釣り合いな武器が斧だと思う。

「それで、最初から冒険者を選んだ場合、すぐに孤児院を出る必要があるんです」

 俺が生意気にも上から目線でアストを憐れんでいると、彼の口から初耳の情報が飛び込んできた。

「なのでヴェラ……妹が紋章を授かるまで、僕は仕事を探すフリをしながら孤児院の手伝いをして一年待っていました。そして今年、妹が魔法使いの紋章を授かったんです。魔法使いなら色々な仕事が選べるのに、妹は僕と一緒に冒険者になるって言い出して……。それで今は二人で冒険者になって、薬草採取の依頼を受けてるんです」

 魔法使いは魔術系で最低位の紋章だが、それでも魔術系統の紋章持ちは少ないので、むしろ仕事が選り好みできる希少な紋章だったはず。

「ヴェラはどうして冒険者になったの?」

 俺は小さな魔法少女に問いかけた。

「あたし、ちびで、役立たず。だからいじめられた、けど、お兄ちゃんだけは、あたしを守ってくれた、の。それで、ね、魔法使いの紋章は、すごいって言われた。だから、あたしが、すごい魔法で、お兄ちゃんを、守ってあげる、の」

 ヴェラは喋るのが苦手なのだろう、それでも一生懸命答える。
 その姿がいじらしく、俺は少女の頭を撫でていた。

「ところでアスト、どうしてあの街から離れたこんな地にいるんだ?」

「北方の災害孤児が中央の孤児院に多くきて、僕たちみたいな十歳を超えた年長の孤児は、南方の街にある孤児院に移動させられたんです」

 魔物は各地にいるが、魔王は王国の北に存在していた。
 そのため、王国北部に強力な魔物が多く、魔物災害は北部ほど酷かったのだ。

 なるほど、この兄妹の事情はなんとなく分かった。
 そしてこの兄妹との再会は、知古のなかった俺にはとてもありがたい。

 入り口に立ったままのやり取りだったが、俺は改めて兄妹を中に案内し、欲しかったこの周辺の情報を尋ねる事にした。


「――――といった感じで、僕の知ってる事は以上です」

「ありがとうアスト」

 この地に越してきて一年少々かつ、元孤児の新米冒険者でしかないアストから得られた情報は、狭くて浅いものでしかなかったが、俺にはそんな情報すらなかったため、非常にありがたいものだった。

「今から昼飯を作るから、アストとヴェラも食べてけよ」

「いいんですか?」

「もちろん。情報のお礼だ」

 時間的にも頃合いなので、適当に焼いたステーキと、作ってからストレージにストックしてあったスープとパンを提供してみた。
 アストとヴェラの兄妹は贅沢だと恐縮していたが、いざ食べ始めるとものすごい勢いで食べる食べる。
 昨夜や今朝、ツェツィも俺の料理を美味しいと褒めてくれたが、兄妹も同じように褒めてくれた。

 勇者パーティで荷物持ちで雑用係だった俺は、当然料理を作っていたのだが、美味いと褒めてもらった記憶はない。
 なので、なんとも言えない歯がゆさと嬉しさを感じる出来事だった。

「ワルター様……じゃなかった。ワルターさん、僕に戦い方を教えてくれませんか?」

 食後のティータイムと洒落込んでいると、アストがそんな事を言ってきた。
 昼食後に再び降ってきた雨は、少し弱くなっていたがまだ降り続いている。
 そして、今いるゲルはかなり広い。
 さすがに大立ち回りのできる広さはないが、長尺の槍でも振り回せるくらいのスペースはあった。

 一応俺は、様々な武器の扱いを叩き込まれているので、手斧からハルバートまで斧関連の基本的な扱い方も知っている。
 素人に教えるくらいはできそうなので、軽く手解きする事にした。

「とりあえずこの斧を使って、自分が思う斧使いの動きをしてみて」

 俺はストレージから小さめの斧を出し、アストに手渡す。
 そして、何も教えずに思うがまま動いてもらうことに。

「はい。――えい!」

 アストは早速、手にした斧を大きく薙ぐ。

「ちょっ、アスト止めて!」

 今にも斧がすっ飛んでいきそうで、俺は即座に彼を止めた。
 小さめとは言え、室内で斧を放り投げられては堪ったものではない。

「あ、はい。すみません……」

「うーん、握る場所が悪いかな。右手はこの辺りで、左手はこの辺を――」

 斧を持つアストの手の位置が良くないと思い、持ち手を修正しようと俺の左手をアストの左手に添えた瞬間の事だ。
 俺の手の甲にある紋章が、一瞬だが強い光を放った。
 勇者である事を示す虹色の輝きで。

「……って、なんだったんだ今の?」

 俺が首をかしげていると――
しおりを挟む

処理中です...