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第八話 幕間 神託の姫巫女※

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わたくしいとし子ツェツィーリア。”神託の姫巫女”たる貴女にお願いがあります』

 鑑定の儀を終え、有り難くも”神託の姫巫女”の紋章を授かった私が、疲れ果てて眠りに就くや否や、これは神託なのでしょうか、女神レーツェル様からのお声が私の脳内に直接伝わってきました。

 これはどうしたら良いのでしょうか?

 突然の出来事にあたふたしてしまいますが、レーツェル様に案ずる事はないと言われました。
 どうやら私の思考が伝わっているようです。
 おかしな事は考えられません。

『今代の勇者はこれまでとは違い、転移ではなく転生です。これは既に神託の巫女に伝えてあるので知っていますね?』

『はい』

『それだけでも異例の事態です、それ以上の情報は混乱をきたすと判断し、あえて伝えていない事実があります』

 勇者召喚は、おおよそ二百年に一度行われる大事です。
 二度経験する者などほぼおらず、伝承を元に誰もが初めて経験すると言ってよいでしょう。
 しかし今回の勇者召喚は、転生という史上初の召喚方法が採用されており、それだけでも儀式を執り行うお父さまをはじめとした王国上層部は、かなり混乱していたと聞いています。
 そこにさらなる情報の追加は、確かに混乱に拍車がかかるでしょう。
 知識と経験不足の私でも想像できます。

『その事実とは、”今まで不可能であった勇者の血をこの世界に残す”、今回はそれが可能になるのです』

 レーツェル様の説明によると、今まではこの世界の体と構造の違う異世界人が、時空を超えてこの世界にやってきていたため、生殖活動を行なっても絶対に子をもうける事ができなかったのだとか。
 仮に可能だったとしても、役割を終えた勇者は即座に元の世界に帰還するため、魔王討伐活動と生殖活動も同時に行う必要があり、多くの子を残せなかったであろうとのこと。
 しかし今代の勇者様は、勇者たる力を持った状態でこの世界に生まれ落ち、そのままこの世界に留まると言うのです。
 それにより、生殖活動を行う時間的猶予ができた事は元より、勇者様はこの世界の人間の体であるため、子をもうける事が可能なのだと仰りました。

 私には難しくてあまり分からないお話でしたが、レーツェル様はその事が重要とお考えのようです。
 なんでも、勇者の血をこの世界に広め、次代の魔王が再降臨した際には、今代の勇者の血を継ぐ者たちだけで討伐をする、つまり、今後は勇者召喚をする事なく、この世界の者だけで魔王討伐するとのことでした。

 そのお話を聞いた私は、この世界の者だけで魔王討伐ができれば、それは本当に素晴らしい事だと思いました。
 他世界の方にご迷惑をおかけしなくても済む、そのような事も少なからず思いましたが、何よりこの世界の者たちの多くの命が失われずに済むからです。

 今代の勇者様に紋章を授けるにあたり、多くの王族男性が今まで通りに勇者召喚の儀式を行い、国王であるお父さまと王太子であるお兄さまを除いた、他の儀式参加者全員がお亡くなりになっております。
 しかし二百年後の世界では、王族男性の命を犠牲にする事なく、魔王討伐隊が組めるのです。
 是非そのような世界になってほしいと、私は強く願いました。

『しかし、勇者の血を多く欲するのはこの世界の都合です。魔王討伐だけでも苦労を押し付けているというのに、多くの子を残せと強制できません』

 確かにそうです。

『そこでいとし子たるツェツィーリアにお願いです。勇者に強制する事なく、の者が多くの子をもうけるよう、貴女に尽力していただきたいのです』

 それは……。

『貴女にも貴女の人生があると、わたくしも重々承知しています。それでもなおこの世界の未来のために、貴女の人生の一部を捧げてほしいのです。――その対価と言う訳ではないのですが、貴女にはわたくしの加護を与えてあります』

『違うのですレーツェル様。私は王女として、そして神託の姫巫女であり女神レーツェル様を信仰する者として、人生を捧げることに否はございません。しかし、勇者様をだますような事は……』

『それは違います』

 不安な私の心を、レーツェル様は解きほぐしてくれます。
 勇者様には、魔王討伐後にこの世界で快適に暮らしていける能力を授けてあるとのこと。
 また、この世界で素敵な出会いがあるであろうことと、多少なりとも快適に過ごせるようにしてあることは勇者様に伝えてあり、ご本人も未来に希望を抱いているのだと教えてくださいました。

 そして私が何をするのかと言えば、勇者様がこの世界を満喫できるよう補佐し、素敵な出会いを演出する事なのだと。
 決して勇者を騙す訳ではなく、勇者自身が望む未来へ向かうお手伝いをする、それがレーツェル様が私に願う事だとお教えいただきました。

『了承したしました』

 私がレーツェル様の願いを聞き入れた後、これは世界に発信する神託ではなく、あくまで私個人に対する願いであるため、誰にも伝えてはいけないこと。
 魔王討伐後、勇者様が快適な生活を過ごすために、本人に開示して良い情報など。
 神託を降すためのリソースを今回でほぼ消費してしまったため、以降はこのような会話形式ではなく、通常の一方通行の神託になる事などを伝えられました。

わたくしの愛し子ツェツィーリア。貴女に伝えたのはあくまでお願いであり、決して命令ではありません。そして貴女も、わたくしの世界に暮らす大切な我が子の一人です。矛盾しますが、貴女だけに我慢を強いたり無理をさせたくありません。貴女が自分の望む人生を送りたいと思うのであれば、決して無理をせず、自身の思うままに過ごしてください』

『女神レーツェル様のお心遣い、とてもありがたく存じます』

 最初で最後であろう女神レーツェル様とのやり取りは、こうして終わりを告げたのでした。

 そして三年後――

「大罪人ワルターよ、貴様に国外追放を命ずる。――追放先は、王都の南西ガルゲン方面とする」

 国王代理であるお姉さまが、とんでもない事を言い出したのです。

 そもそも勇者であるワルター様の扱いは、とても酷いものでした。
 私はワルター様の待遇改善などを求め、様々な要望や要求を出しましたが、第二王女に大きな権限はなく、”神託の姫巫女”という立場もまた、女神レーツェル様のお言葉をお伝えするだけ・・の存在として扱われ、私自身の言葉は軽んじられていたのです。

 女神レーツェル様が私個人に願った事を伝えられれば、お姉さまもこのような事はなさらなかったでしょう。
 一方で、”神託の姫巫女”としてあるまじき事なのですが、勇者として直接の戦闘力をワルター様に授けてくださらなかったレーツェル様を、少しだけ恨めしく思ってしまいました。

 それでも私は思考を切り替え、お姉さまに処分を取り消してくださるよう言い募りましたが、まさかの私まで追放を言い渡されてしまったのです。
 しかし逆に考えれば、私はワルター様と行動を共にできるのですから、むしろ良かったと思いました。
 たしかに、厳しい地での活動となりますが、ワルター様にはレーツェル様より授かった”この世界で快適に暮らしていける能力”が、魔王を討伐した事で有効になっているはずです。
 きっと大丈夫でしょう。

 こうして私は想定外の事態により、ワルター様と共に追放と言う名の開拓地送りとなったのでした。
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