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第一話 喪失

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「おい荷物持ち・・・・の”そーせー・・・・”様、お前どーせ戦闘じゃ役に立たねーんだから、もう帰っていーぞ」

 現勇者パーティのリーダーから、あざけるような声で言われた。
 勇者のみが与えられる虹色、通称”勇者色”の紋章を授かり、当初は勇者としてパーティリーダーだった俺が……。


『役割を成し遂げた後の貴方を元の世界に戻す事はできないけれど、貴方の長い余生が、多少なりとも快適に過ごせるようにしてあります。――期待していてください、わたくしの勇者様』

 女神のそんな言葉を最後に、所謂”トラック転生”でワルターという孤児に生まれ変わった俺は、異世界で過ごした十二年分の記憶を取り戻し、俺としての自我が目覚めたのは約三年前。
 それからは、勇者パーティで約二年間の厳しい訓練を受け、魔王討伐の旅に出てから約一年、破竹の快進撃で最短ルートを進み、周囲に残っているのは魔王だけ、というのが現状だ。

 そしてたった今、俺は勇者パーティのリーダーから『もう帰れ』と言われた訳だが……。

「ちょっと待て、俺は勇者……パーティの一員として、最後まで戦う義務がある」

「義務だぁあ? マジふざけんな! テメーは魔王討伐の名誉が欲しいだけだろーが! 役立たずな無能のくせに図々しいんだよ、この寄生虫野郎!」

「ち、違う! 別に俺は、名誉が欲しいわけじゃないんだ!」

 王都での訓練段階で、すでに俺が戦力として役立たずな事は判明していた。
 こうしてパーティに同行しているのも、今代は回復職の最上級紋章持ちがおらず、必要以上の回復薬を運べる収納力を持つ俺が、たまたま荷物持ちとして最適だったからにすぎない。
 しかも俺は自ら願い出て、恥を忍んで頭を下げ、それでどうにか認めてもらって同行している。

 そこまでして同行を願い出たのは、『できれば使ってほしくない』と女神に言われている、いざという時の”魔王特攻”を俺が持っているからに他ならない。
 これは女神が俺の身を案じて用意してくれたのだが、他言すると効果が発揮できないとのことで、内密にしておかざるを得なかった。

 もし、勇者パーティだけで魔王を討伐できるのなら、俺は素直に引き下がる。
 どうせ俺は役立たずなのだから。
 だが女神に、『どうして勇者を召喚するかわかりますか? 現地人だけでは魔王の討伐は不可能だからなのですよ』と言われていたのだ、戦闘で役立たずと分かっていても、俺には行くという選択肢しかなかった。

 なんで使ってほしくない魔王特攻を用意して、役に立つ戦闘能力を用意してないんだよあの女神……。

 俺は内心で女神に不満をぶつけつつ、必死に懇願する。

「頼む! 最後まで俺を連れて行ってくれ!」

「うるせー! テメーはこのパーティにはいらねーんだよ! とにかく、テメーみてーな役立たずの無能は、この勇者パーティから追放だ!」

 追放の言葉と共に、俺の体から仲間との繋がりが感じられなくなった。
 得も言えぬ喪失感が全身に走るが、感傷に浸っている場合ではない。

 俺は即座に、藁にもすがる思いで結婚を約束した幼馴染に目を向ける。
 婚約者である俺の隣ではなく、勇者パーティのリーダーである『剣王』にしなだれかかっている、赤みの強いオレンジ色の髪をポニーテールにした女性に。

「荷物持ちじゃなくて、アンタが荷物そのものよ。役立たずのお荷物野郎はさっさと消えて」

 少しつり上がった目を細めて俺を見据えた女性は、嫌悪感丸出しでそんな事を言ってきた。

リア・・、本気で言ってるのか?」

「気安く呼ばないで。一般人以下のアンタは、感謝と尊敬の念を込めて”槍姫アメリア様”と呼びなさい」

 リアは声を荒げるでもなく、俺をさげすみながら淡々とそんな言葉を吐き出した。

「リアは俺が可愛がってやってる・・・・・・・・・から、お前は今も未来も金輪際不要だ。さっさと消えろ」

 下卑た笑みを浮かべた『剣王』は、リアの肩を抱きながら羽虫でも払うように、ひらひらと手を払う。

 薄々感づいていた……いや、見て見ぬ振りをしていただけで、『剣王』ゲリンとリアがただならぬ関係であることを、俺は知っていた。
 ただ受け入れたくない感情が先立ち、目を逸らし続けていただけだ。

 十二歳のあの日、俺が勇者色の紋章を授かった夜、普段は勝ち気なリアから弱々しく縋るような告白を受け、正式な婚約関係になって『ずっと一緒だよ。二人で幸せになろうね』そんな言葉を、約束を、俺は信じ続けていたのに――

 裏切られていたんだ。

 こうして俺は、勇者パーティという立場と四年間手を取り合ってきた五人の仲間、そして十五年という時間を一緒に過ごした幼馴染……いや、婚約者を、目標の一歩手前で全て失ってしまった。
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