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第四章 王都拘束編

第十二話 いい笑顔

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「では、盗賊を捕らえた際に使用した魔法を披露します」

 アルトゥールに呼び出された場所は屋内訓練場で、関係者だけが立ち入りできるようなっていた。
 ここにいるのはライツェントシルト公爵一家の三名、ヴィルヘルム近衛騎士団団長、トリンドル内務伯とシュピーゲル神殿伯、それに姉のアンゲラとエルフィだけだ。

「段階を追って説明します。まず、土魔法でこのように地面を柔らかくし――」
「おお、傀儡人形が沈んでおりますな」

 盗賊に見立てた傀儡人形を用意してもらっていたのだが、それが沈むのを目にしたヴィルヘルムが反応していた。

「そこに水魔法で水を加えて泥濘みしました」
「あちゃー、訓練場がグチャグチャだ」
「すみませんアルトゥール様」
「構わないから続けて」

 ちゃんと元通りにするから安心してくださいな。

「はい。この後は地面をこのように固めて拘束しました」
「成る程ね」
「最後は魔法の使用を認識させたくなかったので、盗賊が勝手に泥沼に嵌ったと思わせるために泥濘みに戻しました」

 地面を固めたまま放置しそうになったけどね。

「これを瞬時にやられたら、騎士を屠れる盗賊とて手も足も出せないですな」
「派手さはないが、これは非常に脅威だね」

 ヴィルヘルムとアルトゥールが、なにかを確認するように会話をしていた。

「ところでブリッツェン君」
「なんでしょうか?」
「随分と珍しい槍を持っているが、それは魔法の媒介か何かなのかな?」
「これはメルケル領の伏魔殿を平定した際、そこの神殿から得たミスリルの槍でして、どうやら魔力の増幅を行ってくれるようなので、媒介として使用しております」
「それはミスリルなのかい?!」
「は、はい」

 めっちゃ食い付いてきたな。

「ミスリルなんて王弟である僕でもそうそう目にしたことのない代物じゃないか。触らせてもらってもいいかな?」
「ど、どうぞ」
「美しい……」

 この人、こういうのが好きなのかな?

「この手に吸い付くような触り心地もいいね」
「そ、そうですね」

 今のアルトゥール様の表情、いつもの胡散臭い笑顔とは全然雰囲気が違うな。これがこの方の本当の笑顔なんだろうな。
 もしかすると、王弟として笑顔でいることを後天的に身に付けさせられて、なかなか本気で笑顔になれることがなかったのかもしれないな。ちょっと可愛そうに思えてきたよ。

 俺は、瞳の奥が鋭いまま笑顔を浮かべるアルトゥールしか目にしていなかったので、ミスリルの槍を手に心底嬉しそうな笑顔を浮かべるアルトゥールを見て、王族は王族で大変なのだろう、と勝手に思い、生意気かもしれないが同情してしまった。

「失礼した。いやー、良い物を見させてもらったよ」
「お気になさらず」

 この後、アルトゥールが上機嫌のうちに練習場を元通りにし、昨日の会議室に集まった。

「うん。素晴らしいね、魔法」
「お褒め頂き、ありがたく存じます」

 取り敢えず受け入れられたのかな?

「あのミスリルの槍は魔力を増幅すると言っていたけれども、具体的にはどんな感じなんだい?」
「上手くお伝えできませんが、……そうですね、実際には数値はありませんが、例えば魔力十を込めると、魔力二十、即ち二倍の魔力を込めたくらいの結果になる、といった感じでしょうか」

 魔法の感覚の部分を伝えるのが未だに苦手な俺は、こんな感じでしか伝えられなかった。

「それは凄いね。確か、魔法は魔術と違って同じ術でも魔力を多く込めて威力を上げたり、逆に魔力を抑えて小規模にできる、であってるよね?」
「はい、そのとおりでございます」
「それだと、そのミスリルの槍があれば半分の魔力でいつもの威力にしたり、いつもの魔力で二倍の威力が出せると言うことだね。――うん、あの槍は見た目だけではなく、ミスリルらしく性能も素晴らしいのだね」

 ブリッツェン君、もう一度だけあの槍に触れさせてもらえないかい、と言うアルトゥールに槍を渡し、思う存分満喫してもらった。

「度々すまなかったね」
「ご満足頂けたようで、私も嬉しく思います」

 俺としても鋭い視線に胃をキリキリさせられるより、この優しい笑顔のアルトゥール様でいてもらった方がいいし。
 それならせっかくだ、アルトゥール様の機嫌の良い今だからこそこれを聞いておこう。

「アルトゥール様、なぜ魔法は劣った者が使うとされているのでしょうか?」
「僕も理由は知らないね。今は昔ほどしっかり伝わっていないようだけれど、『昔からそのように語り継がれている』としか言えないかな。僕としては、わざわざ語り継ぐ必要は無いと思っているから、シェーンハイトにこの話をしたことはないけどね」

 はっきりした理由もわからず、そう伝えられているからなんとなく鵜呑みにしているって感じなのかな? アルトゥール様のように思っている人が語り継ぐのを止め、少しずつ広がりは狭まっているようだけど、完全に無くすのは難しそうだな。悔しいけど、今の俺にはそれを覆させる程の力はないし、今はそれを甘んじて受け入れよう。
 それに、権力者が魔法使いを駒として使うつもりなのなら、それをハッキリ言うことはできないだろうしね。

「さて、改めてお話をしようか」
「はい」

 チッ! この人切り替え早すぎでしょ。もう眼光が鋭くなってるよ。さっきの質問が余計だったかな?

「聖女と呼ばれる二人も魔法を使えるようだけれど、それで『聖なる癒やし』を?」
「先ほど御覧頂いたように、魔法は魔法陣を必要としておりません」
「そういえばそうだったね」
「はい。なので、魔法での回復も行なえますが、そうすると魔術を使っているように見えませんので、『聖なる癒やし』は魔術を使用しております」
「魔法が使えることを秘匿するとなると、そうなってしまうのか」
「そうでございます」

 だが、それでも魔法を使えることによる恩恵、魔力素の増加について説明をしておいた。

「ふむふむ。そうなると、魔法の基礎ができるようになれば、例え魔術を使うにしても恩恵はあるんだね」
「はい」
「成る程ね」

 またもや、ふむふむと何か考えていたアルトゥールが、「よし」といって笑顔で俺を見てくる。

「そうそう、ブリッツェン君に此度の王女救出の褒美を与えないとね」

 いい笑顔を向けてきたアルトゥールが、唐突にそんなことを言い出した。

「褒美など恐れ多いです」
「いいからいいか」

 笑みが深まるアルトゥールの表情を見ると、なんだか嫌な予感しかしない。

「在地貴族の三男ではなかなか難しいであろう、王立上流学院の入学許可を褒美として与えるよ」

 俺に褒美を与えると言ったアルトゥールの笑みから感じた嫌な予感は、どうやら的中したようだ。

「この二月からシェーンハイトも進学するんだけどね、その護衛を兼任する形で君にも進学して貰おうと思うんだ」
「……」
「それとね、ブリッツェンくんにはシェーンハイトに魔法を教えて欲しいんだよ」
「――えっ?」

 全く予期していなかった話しに、一瞬なにを言われたのかわからず、間抜け面を曝しながらアホみたいな声を出してしまった。

「あのぉ~、私がシェーンハイト様に魔法を教えるのですか?」
「そうだね」

 シェーンハイトがキラキラした瞳でアルトゥールを見ていた。ついでにそわそわしているのだろうか、ローズピンクのリボンで結われた両サイドのハーフツインテールが楽しげにピコピコ揺れていた。これは、シェーンハイトも知らなかったのだろう。

「僕は親ばかかもしれないけれど、それを差し引いてもシェーンハイトは賢い子だと思っている。だから、そんな最愛の娘が詠唱文を覚えられないとはとても思えないんだよ。でもね、シェーンハイトが魔術契約をできないのは事実なんだ。しかも、魔力素は人並み以上もあるのに」
「そ、それは……」
「そう。ブリッツェン君と同じで魔術の適性が無いんだ」

 俺以外にもいたんだ。しかも、よりによって『聖なる癒やし』を覚えて皆の役に立ちたいと言っていたシェーンハイト様だなんて……。

「そこで君の登場だ。もしかしたら、シェーンハイトにも魔法の才能があるのでは、と思ったんだ」

 アルトゥールの瞳がいつもの鋭いものではなく、期待の篭った輝きを纏わせていた。

「魔法使いになれる可能性は誰にでもあると思います。それは魔力素の多寡に限らずです。ですが、魔法が廃れた歴史が示すとおり、可能性があってもそれはあくまで可能性なので、使えない可能性も当然あります。それでもシェーンハイト様に魔法をお教えしますか?」
「元より魔術師になれる可能性が無かったんだよ。これで魔法が使えるなら儲けものじゃないか。だから、シェーンハイトに魔法を教えてくれるかい?」

 多分、俺は以前想像したように魔法使いとして権力者、この場合は王弟であるアルトゥール様に駒として使われるのだろう。それなら、逆にそれを利用して魔法を広めることはできないか? いや、政治の駒を増やすような行為かもしれないんだ、迂闊にそう考えるのはダメだ。
 でも、シェーンハイト様は魔術が使えず、魔法が劣った者が使う術だと思っておらず、魔法の習得を純粋に望んでいる。
 魔法に嫌悪感を持つどころか、むしろ習得を望んでいるシェーンハイト様に教えるのならば、それは大丈夫なのでは? いや、アルトゥール様はお願いっぽく言ってはいるが、結局は、俺の意思など関係なくそれは命令だ。
 それなら、命令ではなく俺の意思として引き受けよう。
 もはや魔法を教える未来しか無いのであれば、命令されて教えるのではなく、俺と同じような境遇のシェーンハイト様に、俺自身の意思で魔法を教えてあげたい。

「わかりました。若輩者ではありますが、その任、謹んでお受けいたします」
「そういって貰えて助かるよ。――それで、王都でのブリッツェン君の生活はこちらで面倒を見るから、その点は安心してくれていいよ」
「ありがたく存じます」

 もしかしたら逃れられたかもしれない。それでも、俺は自らの意思で鳥籠に飛び込んでしまった。
 シェーンハイトに同情したからかもしれない。
 全く考えていなかったが、憧れのアーデルハイトに近付ける、と心の奥底で思っていたのかもしれない。
 単に、もはや逃れられないと諦めていたのかもしれない。
 だがそれは全て言い訳だ。自分でも気付かない何かがあろうとも、それでも俺は自分で決断した。
 ならば、自ら飛び込んだ鳥籠の世界を如何に住み易くするか、それを考えていくしかないだろう。

「それでは、ブリッツェン君の部屋の準備ができるまで、暫くは昨日の部屋で寝泊まりをしてもらうよ」
「私の部屋でしたら、自分で探しますが」
「部屋ならもうあるよ。今は室内を整えているだけさ」
「どちらに?」
「我が家だが?」

 え? 俺が公爵邸に部屋を与えられてそこで生活するの?!

「あ、あのぁ、私は一介の在地騎士爵の三男でしかありません。私のような者が公爵邸で生活するなど、恐れ多いのですが……」
「ああ、大丈夫。我が家は従者も多いからね。住み込みの従者は大勢いるし、従者用の棟もあるから、そこは気にしなくてもいいよ」
「そ、そうですか。それなら良かったです」
「まぁ、君には母屋で生活してもらうけどね」

 なんでだぁー!

「なぜでしょうか?」
「だって、魔法は秘匿事項だろ? それを教えるブリッツェン君も、教わるシェーンハイトも、どうせなら同じ屋敷内にいた方が色々と便利じゃないか。秘密の漏洩を防ぐ意味でもね」
「そうなのでしょうが、だからといって……」
「これ、決定事項だから」
「……承知いたしました」

 異論なんて認められないよね。知ってた。
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