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第三章 冒険者修行編
第十五話 気持ち悪いブタ面
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「姉ちゃん」
俺は『俺達専用』の伏魔殿に入って初めて何者かの気配を感じ、視線をその方向へ向けつつエルフィに声をかけた。
「あ~、うん。何かいるわね」
「何の気配かわからないから、この気配の持ち主は初めて遭遇する魔物だよ。気を付けてね」
「了解よ」
俺の視線の方向に何かいると悟ってくれたエルフィは、察知魔法をその方向に集中させたようで、俺の合図から然程間を置かずに気配を感じられたようだ。
そして、その気配の主が何者であるかわからないのは、今まで遭遇してない魔物であることを意味している。とはいえ、俺は冒険者学校でしか伏魔殿に入った経験がない。それも危険度の低い浅い部分でけなのだから、知っている魔物の方が断然少ないので、見知らぬ気配の持ち主に遭遇するなど驚く事態でも何でもない。
「でも、アルミラージではないのが残念だわ」
「もしかしたらアルミラージより美味しい魔物かもしれないよ。俺たちが知らないだけで、美味い魔物はわんさかいる可能性だってあるし」
「そ、そうよね。よし、頑張って倒すわよ!」
とにかくアルミラージを狩りたい様子のエルフィだったが、未知の食材……いや、魔物はいくらでもいるのだ。アルミラージではないからと一々落胆されては面倒で仕方ない。
「姉ちゃん、見えた?」
「ええ……、気持ち悪いブタ面の魔物ね」
得体の知れない気配へとじわじわ近づいていき、遂にその姿を視界に捉えたのだが、その魔物は二足歩行の人型の魔物だった。
ひょっとして獣人種か、などと思ったが、この世界は人間以外の人間族は存在しない。それはつまり、目の前にいる二足歩行の存在は魔物であることを意味している。
ゴブリンやコボルトで二足歩行の魔物の相手は慣れてきたが、心の奥底では未だに二足歩行の生物と戦うのを身体が拒んでいるようだ。
「あんた、未だに二足歩行の魔物と戦うのは嫌だとか思ってるの?」
どうやら感情が表情に出てしまったようで、エルフィに痛いところを突かれてしまった。
「そんなことはないよ。大丈夫さ」
「それならいいけど、見知らぬ二足歩行の魔物を見る度にその顔するのは止めてよね」
「好きでしてるわけじゃないけど、気を付けるよ」
「そうしてね」
プリプリした感じでそう言うエルフィだが、チラチラと俺の表情を伺うその目は憂いを帯びている。この一見冷たい対応も、俺を心配するエルフィなりの優しさなのだろう。
俺はエルフィにそんな心配をかけないように強くならなければならない。その強さは身体的強さもあるが、それよりも心、精神力の強さだ。
身体的にもまだまだ強くならなければならないが、それ以上に心を鍛えなければならないと心得ている。それでも簡単には強くならないのだから、なかなか難儀なものである。
「それはそうと、ブタみたいな頭部を持つ魔物というと『オーク』だね」
「ブタならもう少し可愛気がありそうだけれど、アレはゴブリンの顔を殴って潰したような顔をしていてこれっぽっちも可愛気がないわよ。まぁ、ゴブリンも可愛気なんてないけれど」
「そ、そうだね」
俺は話を逸らすようにオークについて触れてみた。
エルフィは散々な言い草でオークを扱き下ろすが、エルフィがそう言うのも頷ける。
尖った耳を持つゴブリンを人間サイズにし、でかい鼻を殴り潰されたような顔で、口の端から涎をダラダラと垂れ流していて汚らしい。
「確か、オークはゴブリンの上位互換みたいな存在のはずだよ」
「それならあまり怖くないわね」
「それでも、どれくらい上回っているかわからないからね。舐めてかからない方がいいよ」
「それくらいわかってるわよ」
冒険者学校で習った知識なのでエルフィも知っているはずだが、一応オークの情報を伝えたらなぜか怒られてしまった。俺は万が一にもエルフィに、『くっ、殺せ!』などと言わせないように配慮したつもりだが、どうやら要らないお節介だったらしい。
「取り敢えずオークの力がどれ程のものか近接戦で確かめてみるよ」
「あんたの方こそ舐めているのではないの?」
「舐めてるわけではないよ。仮に怪我をしても姉ちゃんがいるし、姉ちゃんなら遠距離攻撃で倒せるでしょ? これは一人じゃ試せないけど、姉ちゃんという心強い存在がいてくれるからできるんだ」
確かに若干舐めているかもしれないが、それでも「姉ちゃんがいる」と言う部分は本気だ。よほど酷くやられなければ『聖なる癒やし』で治して貰える。ならば、この機会にオークの力量を把握しておくのは当然の選択だろう。
「わざわざ身体で攻撃を受けるような真似はしないわよね?」
「勿論。今回は剣を使うから、しっかり剣で攻撃を受けるさ」
「わかったわ。無理はしないでよね」
「了解だよ」
渋々ながら納得してくれたエルフィと距離を取り、俺は敢えてオークに感づかれるように接近した。
わざわざ大きな足音を立てて近づいた俺に気付いたオークは、クワッと目を見開き、手にした棍棒をグイッと振り上げた。
さて、どれ程の膂力を持ってるのかな?
明らかに上から目線の俺は、オークの太い腕により振り下ろされる棍棒を受け止めるべく、足を斜《はす》に開いて大地を踏みしめる。
――ブヒィィィ
気合の声だろうか、なかなかの音量でもって声を上げたオークが、俺を目掛けて棍棒をブワッと振り下ろしてきた。
オークからの攻撃を待ち構えていた俺は、振り下ろされるその棍棒を真っ向から受け止める。
「ほぅ」
口から声が漏れてしまった。
俺はそこそこの力で踏ん張っていたのだが、想像より若干上の力が剣を握る手に伝わってきたので、「なかなかやるな」的な感じの声が漏れてしまった。
「フンッ!」
オークの膂力の確認が終わった俺は、剣で受けた棍棒を力ずくで押し返すと、今度はオークの防御力を確認するために剣を振る。
敢えて突くのではなく横薙ぎに剣を振ったのだが、オークの大腿部の肉を切り裂いた剣は骨の付近でほんの刹那、極々微妙に動きが鈍ったが、問題なく左脚を身体から切り離した。
「うん。ゴブリンより大きな体躯なだけあって、少しだけ力が必要だけど、皮膚その物の固さはゴブリンと変わらないかな?」
俺は今の手応えを口に出しながら、倒れたオークの首を躊躇いなく撥ねたつもりだ。
「……一瞬だけど、身体が強張った気がするな。まだまだ俺には覚悟が足りないのかもしれないな」
「何の覚悟か知らないけれど、初めての相手との戦いにしては良かったと思うわよ」
終りを確信していたエルフィが既に俺の背後へとやってきていた。
「まぁ何だ、ゴブリンより力も固さもあるけど、単体を相手にする限りは問題ないね」
「何か誤魔化してる?」
「誤魔化してないよ」
「まぁいいわ。それで、オークの討伐証明部位って何処なのかしら?」
俺が言いたくないことを無理に聞こうとしないエルフィは、アホでもやはり良い姉だ。
「確かぁ~、鼻だったかな?」
「えっ?!」
「うん、思い出した。やっぱり鼻であってるよ」
「あたしは嫌よ! こんな汚らしいブタっ鼻を削ぎ落とすなんて! 今回も今後も、オークの処理はあんたに任せたからねっ!」
姉ちゃんはそんなにオークが嫌なのか。何か本気で嫌そうな顔をしてるし、ここはおとなしく従っておこう。
「わかりましたよ」
「今だけじゃないからね! これからもだからね!」
「はいはい」
俺は嫌々ながらもオークの鼻を削ぎ落とした。
「ところで姉ちゃん」
「何よ」
背を向けたエルフィの表情を見なくてもツンツンしているのがわかる程、棘のある声で返事を返してきた。
「オークって美味いのかな?」
「あ、あんたコレを食べる気なの?!」
「頭がブタだし、身体もブタ肉なのかなって思ったから……」
「も、もしコレが美味しいと言われても、あたしは絶対に食べないわよ!」
「俺も二足歩行の魔物は食べたくないかな」
味云々ではなく、単純に罪悪感と言うか嫌悪感を感じてしまうのだ。ここでそんなのを気にせずオークを食べられるようになれば、俺も一皮剥けるのだが今はまだ無理だ。
あっ! そもそも食べられる魔物は魔獣だけって話だったよな。
こうして、俺とエルフィによる俺達専用伏魔殿での初オーク戦は幕を閉じた。
俺は『俺達専用』の伏魔殿に入って初めて何者かの気配を感じ、視線をその方向へ向けつつエルフィに声をかけた。
「あ~、うん。何かいるわね」
「何の気配かわからないから、この気配の持ち主は初めて遭遇する魔物だよ。気を付けてね」
「了解よ」
俺の視線の方向に何かいると悟ってくれたエルフィは、察知魔法をその方向に集中させたようで、俺の合図から然程間を置かずに気配を感じられたようだ。
そして、その気配の主が何者であるかわからないのは、今まで遭遇してない魔物であることを意味している。とはいえ、俺は冒険者学校でしか伏魔殿に入った経験がない。それも危険度の低い浅い部分でけなのだから、知っている魔物の方が断然少ないので、見知らぬ気配の持ち主に遭遇するなど驚く事態でも何でもない。
「でも、アルミラージではないのが残念だわ」
「もしかしたらアルミラージより美味しい魔物かもしれないよ。俺たちが知らないだけで、美味い魔物はわんさかいる可能性だってあるし」
「そ、そうよね。よし、頑張って倒すわよ!」
とにかくアルミラージを狩りたい様子のエルフィだったが、未知の食材……いや、魔物はいくらでもいるのだ。アルミラージではないからと一々落胆されては面倒で仕方ない。
「姉ちゃん、見えた?」
「ええ……、気持ち悪いブタ面の魔物ね」
得体の知れない気配へとじわじわ近づいていき、遂にその姿を視界に捉えたのだが、その魔物は二足歩行の人型の魔物だった。
ひょっとして獣人種か、などと思ったが、この世界は人間以外の人間族は存在しない。それはつまり、目の前にいる二足歩行の存在は魔物であることを意味している。
ゴブリンやコボルトで二足歩行の魔物の相手は慣れてきたが、心の奥底では未だに二足歩行の生物と戦うのを身体が拒んでいるようだ。
「あんた、未だに二足歩行の魔物と戦うのは嫌だとか思ってるの?」
どうやら感情が表情に出てしまったようで、エルフィに痛いところを突かれてしまった。
「そんなことはないよ。大丈夫さ」
「それならいいけど、見知らぬ二足歩行の魔物を見る度にその顔するのは止めてよね」
「好きでしてるわけじゃないけど、気を付けるよ」
「そうしてね」
プリプリした感じでそう言うエルフィだが、チラチラと俺の表情を伺うその目は憂いを帯びている。この一見冷たい対応も、俺を心配するエルフィなりの優しさなのだろう。
俺はエルフィにそんな心配をかけないように強くならなければならない。その強さは身体的強さもあるが、それよりも心、精神力の強さだ。
身体的にもまだまだ強くならなければならないが、それ以上に心を鍛えなければならないと心得ている。それでも簡単には強くならないのだから、なかなか難儀なものである。
「それはそうと、ブタみたいな頭部を持つ魔物というと『オーク』だね」
「ブタならもう少し可愛気がありそうだけれど、アレはゴブリンの顔を殴って潰したような顔をしていてこれっぽっちも可愛気がないわよ。まぁ、ゴブリンも可愛気なんてないけれど」
「そ、そうだね」
俺は話を逸らすようにオークについて触れてみた。
エルフィは散々な言い草でオークを扱き下ろすが、エルフィがそう言うのも頷ける。
尖った耳を持つゴブリンを人間サイズにし、でかい鼻を殴り潰されたような顔で、口の端から涎をダラダラと垂れ流していて汚らしい。
「確か、オークはゴブリンの上位互換みたいな存在のはずだよ」
「それならあまり怖くないわね」
「それでも、どれくらい上回っているかわからないからね。舐めてかからない方がいいよ」
「それくらいわかってるわよ」
冒険者学校で習った知識なのでエルフィも知っているはずだが、一応オークの情報を伝えたらなぜか怒られてしまった。俺は万が一にもエルフィに、『くっ、殺せ!』などと言わせないように配慮したつもりだが、どうやら要らないお節介だったらしい。
「取り敢えずオークの力がどれ程のものか近接戦で確かめてみるよ」
「あんたの方こそ舐めているのではないの?」
「舐めてるわけではないよ。仮に怪我をしても姉ちゃんがいるし、姉ちゃんなら遠距離攻撃で倒せるでしょ? これは一人じゃ試せないけど、姉ちゃんという心強い存在がいてくれるからできるんだ」
確かに若干舐めているかもしれないが、それでも「姉ちゃんがいる」と言う部分は本気だ。よほど酷くやられなければ『聖なる癒やし』で治して貰える。ならば、この機会にオークの力量を把握しておくのは当然の選択だろう。
「わざわざ身体で攻撃を受けるような真似はしないわよね?」
「勿論。今回は剣を使うから、しっかり剣で攻撃を受けるさ」
「わかったわ。無理はしないでよね」
「了解だよ」
渋々ながら納得してくれたエルフィと距離を取り、俺は敢えてオークに感づかれるように接近した。
わざわざ大きな足音を立てて近づいた俺に気付いたオークは、クワッと目を見開き、手にした棍棒をグイッと振り上げた。
さて、どれ程の膂力を持ってるのかな?
明らかに上から目線の俺は、オークの太い腕により振り下ろされる棍棒を受け止めるべく、足を斜《はす》に開いて大地を踏みしめる。
――ブヒィィィ
気合の声だろうか、なかなかの音量でもって声を上げたオークが、俺を目掛けて棍棒をブワッと振り下ろしてきた。
オークからの攻撃を待ち構えていた俺は、振り下ろされるその棍棒を真っ向から受け止める。
「ほぅ」
口から声が漏れてしまった。
俺はそこそこの力で踏ん張っていたのだが、想像より若干上の力が剣を握る手に伝わってきたので、「なかなかやるな」的な感じの声が漏れてしまった。
「フンッ!」
オークの膂力の確認が終わった俺は、剣で受けた棍棒を力ずくで押し返すと、今度はオークの防御力を確認するために剣を振る。
敢えて突くのではなく横薙ぎに剣を振ったのだが、オークの大腿部の肉を切り裂いた剣は骨の付近でほんの刹那、極々微妙に動きが鈍ったが、問題なく左脚を身体から切り離した。
「うん。ゴブリンより大きな体躯なだけあって、少しだけ力が必要だけど、皮膚その物の固さはゴブリンと変わらないかな?」
俺は今の手応えを口に出しながら、倒れたオークの首を躊躇いなく撥ねたつもりだ。
「……一瞬だけど、身体が強張った気がするな。まだまだ俺には覚悟が足りないのかもしれないな」
「何の覚悟か知らないけれど、初めての相手との戦いにしては良かったと思うわよ」
終りを確信していたエルフィが既に俺の背後へとやってきていた。
「まぁ何だ、ゴブリンより力も固さもあるけど、単体を相手にする限りは問題ないね」
「何か誤魔化してる?」
「誤魔化してないよ」
「まぁいいわ。それで、オークの討伐証明部位って何処なのかしら?」
俺が言いたくないことを無理に聞こうとしないエルフィは、アホでもやはり良い姉だ。
「確かぁ~、鼻だったかな?」
「えっ?!」
「うん、思い出した。やっぱり鼻であってるよ」
「あたしは嫌よ! こんな汚らしいブタっ鼻を削ぎ落とすなんて! 今回も今後も、オークの処理はあんたに任せたからねっ!」
姉ちゃんはそんなにオークが嫌なのか。何か本気で嫌そうな顔をしてるし、ここはおとなしく従っておこう。
「わかりましたよ」
「今だけじゃないからね! これからもだからね!」
「はいはい」
俺は嫌々ながらもオークの鼻を削ぎ落とした。
「ところで姉ちゃん」
「何よ」
背を向けたエルフィの表情を見なくてもツンツンしているのがわかる程、棘のある声で返事を返してきた。
「オークって美味いのかな?」
「あ、あんたコレを食べる気なの?!」
「頭がブタだし、身体もブタ肉なのかなって思ったから……」
「も、もしコレが美味しいと言われても、あたしは絶対に食べないわよ!」
「俺も二足歩行の魔物は食べたくないかな」
味云々ではなく、単純に罪悪感と言うか嫌悪感を感じてしまうのだ。ここでそんなのを気にせずオークを食べられるようになれば、俺も一皮剥けるのだが今はまだ無理だ。
あっ! そもそも食べられる魔物は魔獣だけって話だったよな。
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