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第一章 魔法習得編
第三話 シカ狩り
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夏休みに入ってそろそろ一ヶ月、俺は毎日飽きもせず森に通って訓練を続けていたが、今日は訓練ではなく、狩りを目的に森へ入っていた。
探知魔法をしっかり発動しながら森を歩いていると、何かしらの動物の気配を察知した。
「この感じだと小動物じゃないな。――う~ん、イノシシ程の大きさはないっぽいからシカ……かな?」
ここ数日、森に入って訓練をしている際に、狩り目的ではないがたまたまウサギを狩っているため、自分に課した『一人で狩りを行う』のミッションは既にクリアしていた。そして、その次の課題として『シカを狩る』のミッションを自分に課しているのだ。
「これでシカではなくイノシシだったら厄介だからな。相手に俺の気配を悟られる前に、俺の方が相手が何ものであるかを確認しないと」
この地域に出没するシカは百キロ前後の重量で、大きくても二百キロ弱だ。しかし、イノシシは五百キロ前後が普通で、稀に八百キロなどの個体もいるらしい。それでいて魔物ではないというのだから恐ろしい限りだ。
ちなみに俺の探知魔法は、動物などの大きさなどが気配でそれなりに判別できるのだが、まだまだ探知可能範囲が狭いため、あまり対象との距離が離れていると、何となく大きさがわかる程度になってしまう。
「まぁ、この世界に来てから視力がすこぶる良くなってるし、先に視認できるだろう。風向きには気を付けないとだけど」
日本人時代は幼少の頃から眼鏡が必要だったのだが、ブリッツェンの身体は非常に視力が良く、多分だがアフリカのなんちゃら族といった原住民並の視力があると思う。
細心の注意を払って対象に近付いて行くと、俺は対象に気付かれずにシカであると確認した。
「周囲にはウサギ程度の気配はあるけど、大きな気配は感じない。後はこのまま風上に立たない、且つ相手の背後を取れる立ち回りをしながら距離を詰めよう。――大丈夫だ、このまま慎重にいけばやれる!」
不安がよぎった俺は、自分の弱気を払うように自分へ暗示をかける。
元来気の弱い俺にとって、自己暗示をけかるのは実に効果的な行為であり、何気にこの効果は今の俺には馬鹿にできない。
「どれくらいまで近寄ったらシカに俺が認識されるかわからないけど、察知された瞬間を見逃さず、その瞬間に一気に距離を詰めて足を切りつけて機動力を奪おう。――身体強化魔法は……、そうだな、もう少し近付いたら探知魔法を止めて身体強化魔法に切り替えよう」
身体強化魔法は、初等学園で何時の間にか覚えていた魔法だ。
剣の授業で俺は、学年一と言われているビョルンに負けたことは無かったのだが、魔術契約で身体強化の魔術を覚えたビョルンに初めて負けそうになった。――が、負けそうになっただけで結果的には勝っている。
ちなみにビョルンとは、金髪に明るい蒼眼を持つ色男で、キーファー辺境伯の嫡孫だ。ガッチリした体格は同年代で頭一つ抜けているため、権力と腕力の両方があり性質《たち》が悪い奴だ。
さて、何故ビョルンに勝てたのかと言うと、『ビョルンに押し負けない力が欲しい。ビョルンに翻弄されない早さが欲しい』と思っていたら、身体の中の魔力が動いたのを感じたからだ。
実は、魔術の授業で身体強化の魔術について教わっていたので、自分の身体の限界を超えた力が出せる魔術があるのを知っていた。それにより、俺は魔法でそれを具現化しようと思ったのではないが、『魔法でどうにかならないかな』と思ったところで魔法が発動したようだ。そのため、元々の剣技で優っていた俺はビョルンに勝つことができた、というわけだ。
ただし、自分の限界を超えた力を出すので当然身体に負担がかかり、翌日の筋肉痛は勿論のこと、下手をしたら靭帯断裂などに至ってしまう恐れがある。
魔術ではその辺を考慮しているのだろう、それ程の負担にならない程度の強化に設定されているが、俺の魔法にはそんな設定がないので、その辺の加減を掴めずあまり使えなかった。そのため、最近の森での訓練でどうにかコツが掴めた感じだ。
「ウサギ相手では問題なく身体強化魔法は使えた。落ち着いてやればシカが相手でもいけるはずだ。それより、ここからは独り言を口に出さないように気を引き締めよう」
気を引き締めた俺は、最後に改めて周囲の気配を確認し、大きな気配がないことを確信すると探知魔法を止め、身体強化魔法を発動した。
すると、緊張していたせいだろうか、自分の身体が予定していた以上に強化されていた。
この強度で動き過ぎるのは危険な気がする。最初に機動力を奪うべく足を狙うのは予定どおりで、その後は続け様に首を狙い一気に倒してしまおう。
予定外の効果に若干焦ってしまったが、俺はすぐに冷静になって方針を決定した。とはいえ一気に倒してしまおうと考える辺り、実はまだ冷静さを欠いていた事実に俺は気付いていない。
『――!』
シカが一瞬ピクリと反応したのに気付いた俺は、足に力を込めて一気にシカへと接近した。
想定以上の早さでシカに近付けた! そして一気にシカの足を――
「え?」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
シカの左後ろ脚を切りつけた剣は、予想を覆し、剣がシカの脚を骨ごと本体から切り離していたのだ。予想では骨に阻まれて脚を切り落とすことはできないはずだったので、一度立ち止まって剣を脚から引き抜く手間がある、そう思っていたからだ。
「と、とにかく、シカの首を落としてしまおう。――うぉりゃー!」
バランスを崩したシカを尻目に、俺は気合を入れてシカの首に剣を振り下ろした。
「どうにか仕留めることができたけど、身体強化魔法の制御が全然ダメだ。やっぱ集中力で魔力制御力が変わってくるから、変に緊張したりすると甘くなった制御で余計な魔力が流れちゃうんだろうな。――って、反省は後回しだ。先ずは身体強化魔法を解除して探知魔法に切り替えてっと」
身体強化魔法を解除すると、一気に身体が重くなったような感覚に陥った。
「これはキツいな。まぁ、明日の筋肉痛は過去最大級の痛みになりそうだけど、何処かが断裂したような所は……、なさそうだ。そもそも、何処かが断裂してれば身体強化中でも痛みでわかるだろうから、その心配は要らないのかな?」
まだまだ使いこなせてるとは言えない身体強化魔法だけに楽観視はできないが、変に恐れる必要もないだろう。
「それはそうと、このシカの運搬手段を完全に失念してた……。流石に更に身体強化魔法を使って運ぶのは俺の身体がもちそうもないし、よくよく考えれば俺みたいな子どもがこの大きさのシカを一人で運ぶことが不自然だ。かといってこの大きさの獣を一人で手早く解体するのは無理だし。……本当は良くないけど、今回は放置するしかないな」
これだけ血を撒き散らしたシカを放置すれば、その死体を目当てに肉食獣が寄ってきてしまうので放置などしてはいけないし、不要な殺生をするべきではないのだが、俺にはどうすることもできないので放置するしかなかった。――とんでもない身勝手な発想だが、俺は自分には甘い最低な人間なのであった。
「トリを捌くのですらあんなに躊躇してたのに、自分勝手な理由でシカを狩るようになっちゃったのか……」
この世界で覚醒した当初、俺は一般的な日本人の例に漏れず、生きた動物を屠って毛を毟って解体して食肉にする、などの経験は皆無だった。しかし、この世界では『出来ない』では済まされず、嫌々ながらも命を奪い、嘔吐しながらも何度もやらされた。
それを思えば、俺は自分の行動がこの世界に適合してきたと安堵する部分もある。だが、そのうち自分は殺生を楽しむようになってしまうのでは、そんな恐怖心も僅かに感じた。
「そうだ、一応懺悔しておこう。――神様、無駄な殺生をしてしまい、申し訳ございませんでした。しかし、俺はシカを殺してまで得た力を活かし、いつか役立ってみますのでお許し下さい」
この殺生は、将来俺が社会の役に立つための先行投資だと、神様に言い訳した。
ちなみに、自分で食べなくても誰かに売って誰かが口にするのであれば、そのために狩りをするのは問題無いと俺は思っているし、神殿でも生きるために生物を殺めるのは必要な行為と認められている。無駄な殺生は咎められるが……。
「取り敢えず、シカなら俺一人でも狩れることはわかった。明日からは狩りをしないで身体強化魔法の制御をもっとできるように練習しよう」
そして、今はここを素早く離れて寮に戻ることが最優先だと思い、足早に寮へと向った。
「う~ん、予想以上に早くきた筋肉痛で身体が怠い。かといって、筋肉痛で回復ポーションを使うなんて贅沢だからな。我慢するしかない。――はぁ~、俺も『聖なる癒やし』の魔術が使えればなぁ」
我が姉アンゲラは今年十二歳になり、神官見習いから仮神官となっている。エルフィも今年で十歳になり神官見習いになった。
この姉達は神殿で『聖なる癒やし』と呼ばれる魔術を身に付けており、ちょっとした怪我や病気を治せる。俺も『聖なる癒やし』を身に付けるべく神殿通いをしていたがつい読書に夢中になり、結局は身に付いていない。
「まぁ、アンゲラ姉さんが八歳で身に付け、エルフィ姉ちゃんも九歳になってから身に付けたのを考えると、二人のような敬虔な信者でなかった俺が身に付けられる道理がないんだよな。それに、『聖なる癒やし』が魔術の時点で俺には無理な話だし」
それでも、魔術にあるなら魔法でも可能だと思っているので、俺は『聖なる癒やし』をいつか魔法で再現させたい。ただ、『聖なる癒やし』が敬虔な信者でなければ習得不可なのであれば、俺も神殿の奉仕活動をしなければならない。だが、その時間が惜しく、つい二の足を踏んでしまう。
「いや、前向きに考えよう。俺に魔術の適性が無いと知ったとき、ちょっとした絶望を感じて軽く神様を恨んだ。だけど、それは『魔法が使えるまで我慢しろ』という神様からの試練だと俺は思ったじゃないか。ということは、俺は何かしらの試練を乗り越えれば、きっと『聖なる癒やし』の魔法が使えるようになる! そうに違いない」
俺は現実逃避気味に自分に言い聞かせた。
「とはいえ、筋肉痛を癒やしで抑えちゃうと筋肉の成長を阻害しちゃうからな。『聖なる癒やし』が使えたとしても、筋肉痛を治すことはできないけど」
筋肉痛は、損傷した筋肉が回復する過程で炎症を起こして痛みが起こると言う説を信じている。そして、筋肉痛は筋繊維がズタズタになっている状態で、一度切断された筋繊維が修復されて筋肉が成長する超回復というのが正しいものだと思っている。なので、それを治してしまう『聖なる癒やし』では筋肉が成長しないと俺は考えているのだ。
「最近はあまり筋肉痛になることはなかったけど、それでこの筋肉痛なのは相当身体に負担がかかってたんだろうな。流石に明日は身体を休ませた方がいいかな? それこそ約一ヶ月休みなしで森に入っていたことを考えると、ここらで休憩するのも必要だろうし」
そもそも、年始めに年齢が一歳加算されるこの世界で俺は八歳の扱いだが、厳密にはまだ八歳になっておらず七歳だ。まぁ、それは些細なことだが、この年齢で身体を鍛え過ぎるのは良くないだろう。
「ただでさえ俺の身長は低いのに、筋肉が原因で成長を妨げられて将来低身長になったりしたら嫌だし」
順調に成長しても低身長な可能性があるのだが、より一層の拍車がかかりそうで少々心配だ。
身長の高低で人間の善し悪しが決まるわけではないが、日本人時代に低身長だったことに劣等感を抱いていた俺は、身長は高いに越したことはないと思っているのだ。しかし、現状の『同年代で一番身長が低い』という事実があるため、俺は薄っすら高身長への夢を諦めかけている。だが、完全に望みを捨てたわけではない。
「明日になれば筋肉痛がもっと酷くなるだろうし、それで集中力も散漫になるだろう。ならばそれを利用して魔法の練習をすればいいや」
こうして俺は、『一人でシカを狩る』のミッションをクリアし、久しぶりの強烈な筋肉痛に悶たのであった。
探知魔法をしっかり発動しながら森を歩いていると、何かしらの動物の気配を察知した。
「この感じだと小動物じゃないな。――う~ん、イノシシ程の大きさはないっぽいからシカ……かな?」
ここ数日、森に入って訓練をしている際に、狩り目的ではないがたまたまウサギを狩っているため、自分に課した『一人で狩りを行う』のミッションは既にクリアしていた。そして、その次の課題として『シカを狩る』のミッションを自分に課しているのだ。
「これでシカではなくイノシシだったら厄介だからな。相手に俺の気配を悟られる前に、俺の方が相手が何ものであるかを確認しないと」
この地域に出没するシカは百キロ前後の重量で、大きくても二百キロ弱だ。しかし、イノシシは五百キロ前後が普通で、稀に八百キロなどの個体もいるらしい。それでいて魔物ではないというのだから恐ろしい限りだ。
ちなみに俺の探知魔法は、動物などの大きさなどが気配でそれなりに判別できるのだが、まだまだ探知可能範囲が狭いため、あまり対象との距離が離れていると、何となく大きさがわかる程度になってしまう。
「まぁ、この世界に来てから視力がすこぶる良くなってるし、先に視認できるだろう。風向きには気を付けないとだけど」
日本人時代は幼少の頃から眼鏡が必要だったのだが、ブリッツェンの身体は非常に視力が良く、多分だがアフリカのなんちゃら族といった原住民並の視力があると思う。
細心の注意を払って対象に近付いて行くと、俺は対象に気付かれずにシカであると確認した。
「周囲にはウサギ程度の気配はあるけど、大きな気配は感じない。後はこのまま風上に立たない、且つ相手の背後を取れる立ち回りをしながら距離を詰めよう。――大丈夫だ、このまま慎重にいけばやれる!」
不安がよぎった俺は、自分の弱気を払うように自分へ暗示をかける。
元来気の弱い俺にとって、自己暗示をけかるのは実に効果的な行為であり、何気にこの効果は今の俺には馬鹿にできない。
「どれくらいまで近寄ったらシカに俺が認識されるかわからないけど、察知された瞬間を見逃さず、その瞬間に一気に距離を詰めて足を切りつけて機動力を奪おう。――身体強化魔法は……、そうだな、もう少し近付いたら探知魔法を止めて身体強化魔法に切り替えよう」
身体強化魔法は、初等学園で何時の間にか覚えていた魔法だ。
剣の授業で俺は、学年一と言われているビョルンに負けたことは無かったのだが、魔術契約で身体強化の魔術を覚えたビョルンに初めて負けそうになった。――が、負けそうになっただけで結果的には勝っている。
ちなみにビョルンとは、金髪に明るい蒼眼を持つ色男で、キーファー辺境伯の嫡孫だ。ガッチリした体格は同年代で頭一つ抜けているため、権力と腕力の両方があり性質《たち》が悪い奴だ。
さて、何故ビョルンに勝てたのかと言うと、『ビョルンに押し負けない力が欲しい。ビョルンに翻弄されない早さが欲しい』と思っていたら、身体の中の魔力が動いたのを感じたからだ。
実は、魔術の授業で身体強化の魔術について教わっていたので、自分の身体の限界を超えた力が出せる魔術があるのを知っていた。それにより、俺は魔法でそれを具現化しようと思ったのではないが、『魔法でどうにかならないかな』と思ったところで魔法が発動したようだ。そのため、元々の剣技で優っていた俺はビョルンに勝つことができた、というわけだ。
ただし、自分の限界を超えた力を出すので当然身体に負担がかかり、翌日の筋肉痛は勿論のこと、下手をしたら靭帯断裂などに至ってしまう恐れがある。
魔術ではその辺を考慮しているのだろう、それ程の負担にならない程度の強化に設定されているが、俺の魔法にはそんな設定がないので、その辺の加減を掴めずあまり使えなかった。そのため、最近の森での訓練でどうにかコツが掴めた感じだ。
「ウサギ相手では問題なく身体強化魔法は使えた。落ち着いてやればシカが相手でもいけるはずだ。それより、ここからは独り言を口に出さないように気を引き締めよう」
気を引き締めた俺は、最後に改めて周囲の気配を確認し、大きな気配がないことを確信すると探知魔法を止め、身体強化魔法を発動した。
すると、緊張していたせいだろうか、自分の身体が予定していた以上に強化されていた。
この強度で動き過ぎるのは危険な気がする。最初に機動力を奪うべく足を狙うのは予定どおりで、その後は続け様に首を狙い一気に倒してしまおう。
予定外の効果に若干焦ってしまったが、俺はすぐに冷静になって方針を決定した。とはいえ一気に倒してしまおうと考える辺り、実はまだ冷静さを欠いていた事実に俺は気付いていない。
『――!』
シカが一瞬ピクリと反応したのに気付いた俺は、足に力を込めて一気にシカへと接近した。
想定以上の早さでシカに近付けた! そして一気にシカの足を――
「え?」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
シカの左後ろ脚を切りつけた剣は、予想を覆し、剣がシカの脚を骨ごと本体から切り離していたのだ。予想では骨に阻まれて脚を切り落とすことはできないはずだったので、一度立ち止まって剣を脚から引き抜く手間がある、そう思っていたからだ。
「と、とにかく、シカの首を落としてしまおう。――うぉりゃー!」
バランスを崩したシカを尻目に、俺は気合を入れてシカの首に剣を振り下ろした。
「どうにか仕留めることができたけど、身体強化魔法の制御が全然ダメだ。やっぱ集中力で魔力制御力が変わってくるから、変に緊張したりすると甘くなった制御で余計な魔力が流れちゃうんだろうな。――って、反省は後回しだ。先ずは身体強化魔法を解除して探知魔法に切り替えてっと」
身体強化魔法を解除すると、一気に身体が重くなったような感覚に陥った。
「これはキツいな。まぁ、明日の筋肉痛は過去最大級の痛みになりそうだけど、何処かが断裂したような所は……、なさそうだ。そもそも、何処かが断裂してれば身体強化中でも痛みでわかるだろうから、その心配は要らないのかな?」
まだまだ使いこなせてるとは言えない身体強化魔法だけに楽観視はできないが、変に恐れる必要もないだろう。
「それはそうと、このシカの運搬手段を完全に失念してた……。流石に更に身体強化魔法を使って運ぶのは俺の身体がもちそうもないし、よくよく考えれば俺みたいな子どもがこの大きさのシカを一人で運ぶことが不自然だ。かといってこの大きさの獣を一人で手早く解体するのは無理だし。……本当は良くないけど、今回は放置するしかないな」
これだけ血を撒き散らしたシカを放置すれば、その死体を目当てに肉食獣が寄ってきてしまうので放置などしてはいけないし、不要な殺生をするべきではないのだが、俺にはどうすることもできないので放置するしかなかった。――とんでもない身勝手な発想だが、俺は自分には甘い最低な人間なのであった。
「トリを捌くのですらあんなに躊躇してたのに、自分勝手な理由でシカを狩るようになっちゃったのか……」
この世界で覚醒した当初、俺は一般的な日本人の例に漏れず、生きた動物を屠って毛を毟って解体して食肉にする、などの経験は皆無だった。しかし、この世界では『出来ない』では済まされず、嫌々ながらも命を奪い、嘔吐しながらも何度もやらされた。
それを思えば、俺は自分の行動がこの世界に適合してきたと安堵する部分もある。だが、そのうち自分は殺生を楽しむようになってしまうのでは、そんな恐怖心も僅かに感じた。
「そうだ、一応懺悔しておこう。――神様、無駄な殺生をしてしまい、申し訳ございませんでした。しかし、俺はシカを殺してまで得た力を活かし、いつか役立ってみますのでお許し下さい」
この殺生は、将来俺が社会の役に立つための先行投資だと、神様に言い訳した。
ちなみに、自分で食べなくても誰かに売って誰かが口にするのであれば、そのために狩りをするのは問題無いと俺は思っているし、神殿でも生きるために生物を殺めるのは必要な行為と認められている。無駄な殺生は咎められるが……。
「取り敢えず、シカなら俺一人でも狩れることはわかった。明日からは狩りをしないで身体強化魔法の制御をもっとできるように練習しよう」
そして、今はここを素早く離れて寮に戻ることが最優先だと思い、足早に寮へと向った。
「う~ん、予想以上に早くきた筋肉痛で身体が怠い。かといって、筋肉痛で回復ポーションを使うなんて贅沢だからな。我慢するしかない。――はぁ~、俺も『聖なる癒やし』の魔術が使えればなぁ」
我が姉アンゲラは今年十二歳になり、神官見習いから仮神官となっている。エルフィも今年で十歳になり神官見習いになった。
この姉達は神殿で『聖なる癒やし』と呼ばれる魔術を身に付けており、ちょっとした怪我や病気を治せる。俺も『聖なる癒やし』を身に付けるべく神殿通いをしていたがつい読書に夢中になり、結局は身に付いていない。
「まぁ、アンゲラ姉さんが八歳で身に付け、エルフィ姉ちゃんも九歳になってから身に付けたのを考えると、二人のような敬虔な信者でなかった俺が身に付けられる道理がないんだよな。それに、『聖なる癒やし』が魔術の時点で俺には無理な話だし」
それでも、魔術にあるなら魔法でも可能だと思っているので、俺は『聖なる癒やし』をいつか魔法で再現させたい。ただ、『聖なる癒やし』が敬虔な信者でなければ習得不可なのであれば、俺も神殿の奉仕活動をしなければならない。だが、その時間が惜しく、つい二の足を踏んでしまう。
「いや、前向きに考えよう。俺に魔術の適性が無いと知ったとき、ちょっとした絶望を感じて軽く神様を恨んだ。だけど、それは『魔法が使えるまで我慢しろ』という神様からの試練だと俺は思ったじゃないか。ということは、俺は何かしらの試練を乗り越えれば、きっと『聖なる癒やし』の魔法が使えるようになる! そうに違いない」
俺は現実逃避気味に自分に言い聞かせた。
「とはいえ、筋肉痛を癒やしで抑えちゃうと筋肉の成長を阻害しちゃうからな。『聖なる癒やし』が使えたとしても、筋肉痛を治すことはできないけど」
筋肉痛は、損傷した筋肉が回復する過程で炎症を起こして痛みが起こると言う説を信じている。そして、筋肉痛は筋繊維がズタズタになっている状態で、一度切断された筋繊維が修復されて筋肉が成長する超回復というのが正しいものだと思っている。なので、それを治してしまう『聖なる癒やし』では筋肉が成長しないと俺は考えているのだ。
「最近はあまり筋肉痛になることはなかったけど、それでこの筋肉痛なのは相当身体に負担がかかってたんだろうな。流石に明日は身体を休ませた方がいいかな? それこそ約一ヶ月休みなしで森に入っていたことを考えると、ここらで休憩するのも必要だろうし」
そもそも、年始めに年齢が一歳加算されるこの世界で俺は八歳の扱いだが、厳密にはまだ八歳になっておらず七歳だ。まぁ、それは些細なことだが、この年齢で身体を鍛え過ぎるのは良くないだろう。
「ただでさえ俺の身長は低いのに、筋肉が原因で成長を妨げられて将来低身長になったりしたら嫌だし」
順調に成長しても低身長な可能性があるのだが、より一層の拍車がかかりそうで少々心配だ。
身長の高低で人間の善し悪しが決まるわけではないが、日本人時代に低身長だったことに劣等感を抱いていた俺は、身長は高いに越したことはないと思っているのだ。しかし、現状の『同年代で一番身長が低い』という事実があるため、俺は薄っすら高身長への夢を諦めかけている。だが、完全に望みを捨てたわけではない。
「明日になれば筋肉痛がもっと酷くなるだろうし、それで集中力も散漫になるだろう。ならばそれを利用して魔法の練習をすればいいや」
こうして俺は、『一人でシカを狩る』のミッションをクリアし、久しぶりの強烈な筋肉痛に悶たのであった。
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