氷の魔女は嫌われ者の侯爵令嬢として恋愛結婚を望む

雨露霜雪

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第十八話 中庭

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「明後日の王宮での夜会は、お姉様が主役ですわよね」
「そうね」

 王都でのウルドはあまり外出せず、侯爵邸の自室に引き籠もっているのだが、たまに妹のフリーンからお茶会に招かれる。とはいえ、侯爵邸の庭や一室で二人きりなのだが、ウルドは誘われて断ることはしなかった。

 そしてフリーンの言う明後日の王宮での夜会とは、第二王子とイスベルグ侯爵令嬢ヴェルダンディとの婚約発表のための催しだ。
 結婚であれば王国をあげての祝典となるが、婚約は上級貴族の当主夫妻や嫡男だけを招いた王宮での祝典となる。
 残念ながら、今回はウルド自身が主役であるため、スルーズたちを同伴できない。

「あたくしは第二王子殿下・・・・・・に頂いたドレスで参加いたしますの。楽しみですわ」
「そう」

 本来であれば侯爵令嬢は参加できないのだが、婚約者の家族としてフリーンも参加できる。そんなことはウルドも知っているのだが、フリーンは姉の婚約者・・・・・に貰ったドレスで参加することを伝えたかったようだ。

(その神経が理解できないわ)

「お姉様より目立ってしまわないか、些か心配ですの」
「わたくしを気にせず、存分に注目を浴びていいのよ」

(ヴェルダンディ程ではないにしろ、フリーンも確かに可愛いわよね……見た目だけは)

「そうもまいりませんわ。一応・・はお姉様が主役なのですから」
「でもね、わたくしはフリーンのように(媚びた笑みを)愛想よく振り撒けないのよね」
「あたくしは普通にしているだけですのに、愛想良く見えてしまうようですわ」
「羨ましいわ(その能天気さが)」

 いつもの如く、自分上げで勝手に気分良くなるフリーンを、ウルドは適当に相手したのであった。


「んぁ~、あの子の相手は疲れるわ」
「…………」
「着替えるわよ……」

(まったく、姉妹でお茶を飲むだけで着飾るとか、本当に面倒だわ)

 無言の圧力を放つナンナに着替えをさせられたウルドは、すっかり着慣れてきたお手軽ワンピースに身を包み、ソファーにだらしなく腰掛ける。

「ヴェルダンディ様、もう少しお行儀よく座れないのですか」
「ナンナの言うとおりです、ヴェルダンディ様」
「これくらい許してよ」
「「駄目です」」

 ナンナとバルドルに頭の上がらないウルドは、自分が主なのにも拘らずシュンとしてしまう。

「それはそうと、明日は王宮に入らないといけないのよね? 入った後の予定は?」
「午前中に衣装の確認を行ない、何事もなければ予定はございませんが、手直しが必要であれば、最終確認の作業が入ります」
「では、王宮を散策する時間はあるかしら?」
「ございます」

 王宮の中庭にはフレクがいる、ウルドはそう思うと胸が弾む。
 とはいえ、本当にフレクがいるか分からない。分からないが、何故かいると思えてならないのだ。
 以前は王宮に行くのは面倒だと思っていたウルドだが、今は王宮での催しが楽しみで仕方ない。それもひとえにフレクに会いたい一心で。
 この感情がどういったものであるか、ウルド自身は理解していないのだが……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「衣装に関して、何も問題ありませんでした」
「そう、ありがとう」

 王宮に入ったウルドは、明日の催しで着用する衣装合わせが終わると、そそくさと中庭に向かった。
 いつもは従者を連れていけない夜会の最中に抜け出していたので、一人で行動していたウルドだが、今はナンナが同行している。

「ヴェルダンディ様、何だか楽しそうですね」
「そうかしら?」
「はい」

 ウルドは冷静を装っているつもりでいたが、どうやら隠しきれていないようだ。

「う~ん、いないなぁ~」
「どなたかお探しですか?」
「え、別に、違うわ」
「そうですか」

 王宮で自由時間ができたため、何も考えずに中庭にきてしまったウルド。
 何の疑いもなく『いる』と決めつけたいたフレクがおらず、すっかり落胆してしまったウルドは、ナンナが向けてくる疑いの眼差しにツッコむ余裕もなかった。

 宛てがわれた部屋に一旦戻ったウルドは昼食を済ませ、持ち込んだ本を読むなどして、取り敢えず時間をやり過ごすことに。
 それから暫し、若干疲れを感じたウルドは、ソファーから腰を上げると「んぁー」と体を伸ばしつつテラスに向かった。

「かしこまったドレスだと、やぱり疲れるわね」
「それでも、ヴェルダンディ様はコルセットが必要ない分、他の御令嬢方よりはマシだと思いますよ」
「そうかもしれないけどぉ~」

 ウルドの呟きを拾ったナンナが、何食わぬ顔で答える。
 普通の主従関係であれば、主がちょろっと零したつぶやきに、従者が答えるなど有り得ないのだが、普通ではない距離感のこの主従は、気安いお友達のようにやり取りをするのだ。
 コルセットについてだが、夜会では勿論、通常時でも細く見せるために使用するのが淑女の嗜みである。だが、ヴェルダンディは矯正しなくても美しいプロポーションであるため、平時はコルセットを使用していない。まさに、驚異のプロポーションの持ち主と言えよう。

「ヴェルダンディ様、ご夕食の支度が整いましたよ」
「分かったわ」

 豪著なドレスを着ているにも拘らず、王宮のテラスで淑女らしからぬ体操をしているウルドに、ナンナがにこやかに声をかけた。
 ドレスのまま体操をしていたことで、ナンナに怒られるかも、と少し心配していたウルドだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。

「――ふぅ~、やはり王宮の料理は美味しいわね。――バルドル、少しお散歩をしてくるわ」
「では、お供いたします」

 夕食がお終わり、薄っすら暗くなった窓の外を確認したウルドは、逸る気持ちを抑えて散歩に出た。

「ヴェルダンディ様、目的としている場所はおありですか?」
「中庭でも行ってみようかしら」
「陽が落ちたこのような時間に、ですか?」
「ええ。暗闇に廊下の光がほんのり差し込む庭園は、とても幻想的に見えるのよ」

 中庭に向かう適当な言い訳をバルドルに告げるウルドは、なんとも嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「ヴェルダンディ様、先客がおられるようです。他の場所に向かいますか?」

 中庭の入り口に着くと、ほど近い場所のベンチに座る人影が。
 その人物は軽く波打つ美しい金髪の持ち主で、ウルドの視界にガッツリ入り込んだ。

「いいえ。――バルドルはここにいて頂戴」
「あの御方がどなたか存じませんが、王宮で殿方とお二人になるのは、よろしくないのでは?」

 ウルドは男性と二人きりになる機会がほぼなかったため、正直気にしていなかった。しかし、言われてみれば良くない状況だと気付いてしまう。
 女性が男性の従者と二人きりでも、あくまで主従ということであまり問題視されない。しかし、他人である貴族の男女が二人きりというのは、婚約や婚姻関係がなければ非常に拙いのだ。
 特に、翌日に第二王子との婚約が発表されるウルドは、不貞を疑われるような行動をすべきではない。

(もう! ボンクラ王子との婚約とか本当に面倒だわ。いっそのこと、不貞を疑われて婚約破棄されるとかどうかしら? ……いや、その後がどう考えても面倒だわ)
 
「おや、そこにいるのはヴェルダンディ嬢かい?」

 ウルドがぶつくさ考え込んでいると、いつの間にやら立ち上がっていた、青白い不健康そうな顔色の男性に声をかけられた。

「これはこれはフレク様、ごきげんよう」

 先程までの苦悩は何処へやら。ウルドは柔らかい表情でスカートを摘み、トンっとカーテシーをする。

「ごきげんよう、ヴェルダンディ嬢。――本日はなぜ王宮に?」
「明日の準備などで、前日入しておりましたの」
「明日というと……第二王子との婚約の発表かな」
「よくご存知で」

 明日の催しは王家からの重大発表となっており、内容の告知はされていない。だが、既に暗黙の了解として第二王子とヴェルダンディの婚約は知られているのだ、時期的に明日の発表が何か、貴族であれば気付いているだろう。
 それであれば、フレクが知っているのは当然なのだが、ウルドは敢えてすっとぼけた反応をしていた。

「となると、明日はヴェルダンディ嬢が主役なのだから、途中で抜け出すのは無理だろうね」
「そうですわね」
「うん、今日のうちにここへきたのは正解だったよ」

 薄幸そうな美青年であるフレクは、非常に良い笑顔を見せた。

「それは、どういった意味でしょう?」

 ウルドは高鳴る鼓動を抑えるべく胸に手を置き、平静を装ってフレクに問うた。
 するとフレクは、常に笑顔で細められた双眸を開き、優しい表情で答える。

「ん? 明日の夜会を抜けられないのであれば、ヴェルダンディ嬢は今夜ここに現れる、そう思った僕の予想が当たったということさ」

 開いた双眸を細め、いつもの笑みに戻ったフレクの言葉を聞き、ウルドは照れくさくなった。
 それは、”フレクに会えるかも”と期待していた自分の心を、すっかり見透かされた気がしたからだ。

「た、たまたま、たまたまですわ。食後に軽く散歩をしたくなっただけで、別にフレク様にお会いしたかったわけではないのですよ」
「何だ、てっきり僕に会いにきたのかと思っていたのに、残念だ」

 思わずツンと顔を背け、言い訳の言葉を放つウルドに対し、『残念』と答えたフレクだが、その表情はおおよそ残念とはかけ離れた優しい笑みであった。
 そして、顔を背けたことでバルドルを視界に捉えたウルドは、少し前に考えていた不貞の可能性を思い出した。

(ベンチに腰掛けていなければ偶然を装えるけれど、あまり長話しをしていては拙いわね。名残惜しいけど、今日はもう戻った方が良さそうだわ)

「フレク様、わたくしまだ準備が残っておりますので、そろそろ戻りますわ」
「それは残念」

 先ほどとは違い、今度は本当に残念そうな表情を浮かべるフレクを見て、ウルドは嬉しくなってしまった。

(もしかすると、フレク様はもっとあたしとお喋りしたかったのかしら?!)

「わたくしも残念ですが、本日は失礼させていただきますわ」
「呼び止めてしまって申し訳なかったね」
「いいえ、お気になさらず。――では」
「ああ」

 軽い挨拶をしてその場を離れたウルド。主人の後ろでフレクに一礼したバルドルは、踵を返した主人の後を追った。

「ヴェルダンディ様、あの御方は何家の方ですか? 主だった貴族家の方を把握している私ですが、見覚えがないのです」
「フレク様は訳あって名乗れない方のようで、わたくしも存じ上げてないのよ」
「素性も分からぬ方と無警戒にお話するのは危険です」
「王宮を歩き回れる方なのですから、危険ではないと思うのだけれど」

 根拠のない自信があるウルドだが、バルドルの言いたいことも分かっている。
 従者の気持ちを考慮したウルドは、フレクの素性について、自分の見解を述べることを決意したのであった。
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