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第十四話 街遊び
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「こちらが何を言おうと、ヴェルダンディ嬢が鉄の出荷をしないと決めてしまえば、我が領は立ち行かなくなる。しかし、先を見据えた職人の扱いなどの提案などを考えるに、ヴェルダンディ嬢が我が領を慮ってくれているのは理解した。――即断はできないが、提案に乗る方向で考えたいと思う」
苦渋に満ちた表情で重々しく口を開いた男爵の言葉遣いが変わっていたが、ウルドは気にも留めなかった。
「懸命な判断ですわね」
「ところでヴェルダンディ嬢、確認しておきたいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「第二王子殿下との婚約についてだ」
一般には告知されていないが、ヴェルダンディと第二王子の婚約は、貴族間では知らない者はいない。しかし、面と向かって当人にそのことを問い質すのは、あまり褒められることではないだろう。
「お答えできることでしたら」
「婚姻が成ってヴェルダンディ嬢が王家の一員となった場合も、ノルン領は貴女が管理できるのか?」
男爵は暗に、王族は様々な公務があり一つの領にかまけていられず、先程の話が反故になるのでは、と言っている。ウルドはそれに気付いた。
「それについて誠意を持ってお答えいたしますが、不敬にあたる内容を含みますの。そして、今からわたくしが口にすることは、今までに何処でも口にしたことのない内容となりますわ。それでもお聞きになります?」
ウルドは一種の脅しをかけている。話が何処かに漏れたら、それは男爵が秘密を漏らしたことになり、そのときは敵に回ると言っているも同義。それでも聞く覚悟があるのか、と問うているのだ。
「シアルフィ領はノルン領の鉱物で成り立っている。聞きたいのは今後も我が領が安心できるか否かの話であり、ゲスな話には興味がない。よって、無用な軽口を叩く気はない」
「ではお答えします」
ウルドは男爵の言葉を肯定と受け止めた。そして、ゆっくりと口を開く。
「わたくし、殿下と婚姻を結ぶ気はありませんの。それよりも、ノルン領の民が安心して暮らせる領にすることが、わたくしにとっては重要ですのよ。それと、少々生意気な言い方になりますが、近隣の領にも恩恵を授けたいとも思っておりますわ」
ウルドから発せられた言葉の内容に、僅かに驚きを見せた男爵だったが、取り繕うようにコホンと咳払いをした。そして、おもむろに問を放つ。
「それは、我が領はノルン領の鉱物を今後もあてにして良いと思ってよろしいのか?」
「そう思って頂いて結構ですわ。ただし、ノルン領の安定が最優先ですけれども」
「当然でしょう」
男爵から、僅かばかりだが安堵の気配が漂う。
「男爵は、私が婚姻を結ばないことが可能だとお思いですの?」
「ヴェルダンディ嬢が殿下に嫌われているのは存じている」
「それでも、陛下はわたくしを買っているのですが」
「貴女ならどうにでもできるのでは?」
(ん? 男爵もあたしを高く買っているの?)
「男爵はただの侯爵令嬢に、陛下の意思を覆らせる力があるとお思いなのかしら?」
「過程はどうであれ、結果的にそうなるのであれば問題ない。ヴェルダンディ嬢が殿下と婚姻を結ばないと言うのであれば、結果はついてくるであろう」
(答えをはぐらかされた気がしないでもないけれど、まぁいっか)
取り敢えず、ウルドの構想通りになりそうな話し合いができた。
そして、すっかり忘れていた第二王子とのことを思い浮かべる。
(後回しにしていたけれど、第二王子の件もそろそろ考えなくてはいけないわよね)
嫌なことを思い出してしまい、ウルドの気分はすっかり重くなってしまった。
「おはようございますヴェルダンディ様。クノッチさんがお見えですよ」
「おはようナンナ、クノッチはお久しぶりね」
「お久しぶりでございますヴェルダンディ様。なかなかご連絡ができませんでしたが、やっとそれらしい情報が入手できました」
シアルフィ男爵家に宿泊した翌日、鉱山町の元監査官が不正取引をしていた相手を探るため、シアルフィ男爵領で潜入調査を行なっていた”ヴェルダンディの信者”である侍女クノッチが、遂に情報を入手したと報告に訪れた。
クノッチ曰く、バルドルに言われた『ここ数年で規模が大きくなった商会を探れ』と言う言葉に従い調査したところ、三つの商会が該当した。
その内の二つの商会は特に変わった様子もないのだが、一つの商会だけは慌ただしくしていたので、そこを重点的に張り込んだ。すると、他所の商会などを回って鉄を集めているのことが判明した。
しかし、その段階でのヴェルダンディがどう動いているか分からなかったクノッチは判断に迷う。そこで色々と考えてみたところ、不正で回ってきていた鉄が届かず、必要量を慌てて掻き集めているのではないか、とクノッチは推測したのだとか。
確かに、ウルドはナルヴィーに出荷の調整を行なわせたが、現状は今まで通りの出荷をしてる。唯一変わったとすれば、横流しされていた鉄が領内用に回ったことだ。
その結果、入荷量が減った商会があったのであれば、それは不正に加担していた商会だけであろう。
ウルドは即座にバルドルを呼び、急いでその商会に向かわせた。
「ご苦労さま。暫くゆっくり休んで頂戴」
「ありがたいお言葉ですが、一つよろしいでしょうか?」
「なに?」
「お休みより、ヴェルダンディ様のお側で身の回りのお手伝いをさせていただきたいのです」
側近に迎えてすぐ、主の元を離れて調査任務に就いていたクノッチは、休みよりも敬愛する”女神様”のお世話をしたいのだと言う。
ウルドは、信者とはそういった思考なのだな、と理解したので、クノッチの願いを聞き入れることに。
その時ばかりは、常時影が薄いクール系スレンダー美人のクノッチが、存在感を顕に満面の笑みで喜んだのが印象的であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――以上のようになりました」
「ご苦労さま、バルドル」
ウルドの命を受けたバルドルは直ぐ様問題の商会に出向き、ちゃちゃっと証拠を掴み上げ、不正をしていた商会の会頭をシアルフィ男爵家に突き出している。
本来はただの執事であるバルドルが、執事の許容を越えた任務を行なっているのだが、ウルドは既に『まぁバルドルだから』と、気にも留めなくなっていた。
「さて、シアルフィ男爵との会談が終わるまで、数日はやることがないわ。なので、暫くは通常業務をのんびりしてくれてかまわないわよ」
「差し出がましいのですが、ヴェルダンディ様のお洋服を買いに行きませんか?」
「どうして?」
「ヴェルダンディ様の御召物はどれも豪華過ぎます。領地での活動でしたら、もう少し気軽に着れるものがよろしいかと」
「ではそうしましょう。――忌憚のない意見を言ってくれるナンナが好きよ」
「勿体無いお言葉、ありがたく存じます」
主人に意見をするなど侍女にあるまじき行為だが、若干オツムが弱くて些か馴れ馴れしいナンナを、ウルドは本気で気に入っていたのだ。
「スルーズに案内をさせてしまってごめんなさいね」
「いいえ、わたしはヴェルダンディ様とご一緒できるだけで嬉しいのです」
「ありがとうスルーズ」
買い物に出掛けるにあたり、領主の娘であるスルーズであれば良い店を知っているのではないか、と侍女のナンナに言われ、男爵令嬢を案内掛係にするのは申し訳ないと思いつつウルドが頼むと、当の本人は二つ返事で了承してくれた。
「この商会は男爵領で最大手なのですが、王都などと比べると見劣りしてしまいます」
「私が欲しいのは領での活動時に着用する物なの。豪華さより気楽に着れることを重要視しているから、問題ないのよ」
申し訳無さそうなスルーズに、ウルドは満面の笑みで応える。
よくよく思い返すと、王都でもノルン領でも街に繰り出して買い物を楽しんでいなかったウルド。そんな彼女は、自分を慕ってくれている妹分と街に繰り出せたこと自体が、既に楽しかったのだ。
「ヴェルダンディ様、この様なワンピースなど如何ですか?」
「あら良いわね。ナンナの見立てではどういったものがお薦め?」
「そうですねぇ~……」
「あ、あのぉ~ヴェルダンディ様」
「どうしたのスルーズ」
「ヴェルダンディ様がお召しになるものが、そのようなワンピースでよろしいのですか? しかも侍女に選ばせて」
自身は可愛らしいワンピースを身に纏っているスルーズだが、部屋着であっても豪華なドレスを着ている侯爵令嬢が、ワンピースなど着ないだろうと想像していたようだ。しかも、自分ではなく侍女に選ばせていることがとても不思議だったらしい。
「スルーズもワンピースを着ているでしょ?」
「わたしは男爵令嬢ですので、むしろ高価なドレスを普段は身に付けられません」
「わたくしも、スルーズのような可愛らしい格好をしてみたいのよ。おかしいかしら?」
「ヴェルダンディ様であれば、何をお召になってもお似合いでしょうが、らしくはないかと……」
「いいのよ。普段から肩肘張っていては疲れてしまうもの。領に滞在している時くらいは、もう少し気楽に生活したいのよ」
現状、王都を出たウルドの許に来客はない。それにも拘らず、常に豪著な衣装に身を包んでいたので確かに疲れていた。
そう考えると、ナンナの案は魅力的で、自領では気楽な装いで過ごすのも悪くないとウルドは思い至る。
(ドレスでなければ、ベッドに飛び込んでもナンナに怒られないはずだわ!)
「それに、普段から衣装選びは侍女のナンナに任せているのだから、ここでナンナに選んで貰うのもおかしくないでしょ?」
「ヴェルダンディ様がよろしいのであれば、わたしが口出しすることではございませんので」
スルーズは、『余計なことを言ってしまった』とばかりに、少々気落ちしてしまう。
「もし良ければ、スルーズも私に似合いそうな衣装を選んでくれないかしら? できれば重々しくなく気楽に着られるものがいいわ」
「わたしが選んでもよろしいのですか?」
「ええ。是非スルーズにお願いしたいの」
「わ、分かりました。ヴェルダンディ様に相応しい衣装を、わたしが見つけ出します!」
胸前で両拳を握ったスルーズは、”ふんすっ”と言わんばかりに気合を入れ、早速衣装を選び始めた。
ウルドは氷の魔女と呼ばれていた所以からか、寒色を好んでいた過去がある。そして、奇しくもウルドと同じ氷の魔女と呼ばれるヴェルダンディも、ドレスなどは軒並み寒色系ばかりであった。
現状、『氷の魔女』という呼び名が悪いイメージを持っていることから、思い切って赤などの暖色系の衣装でイメージチャンジしてはどうか、とナンナは言ってくる。
それも良いかと思ったウルドは、自身も好きな寒色系も選びつつ、大半を暖色系にすることにした。
こうして、初めての街遊びを楽しんだウルドは、王都では味わえない充実感を得て、溢れんばかりの笑顔を振り撒いたのであった。
苦渋に満ちた表情で重々しく口を開いた男爵の言葉遣いが変わっていたが、ウルドは気にも留めなかった。
「懸命な判断ですわね」
「ところでヴェルダンディ嬢、確認しておきたいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「第二王子殿下との婚約についてだ」
一般には告知されていないが、ヴェルダンディと第二王子の婚約は、貴族間では知らない者はいない。しかし、面と向かって当人にそのことを問い質すのは、あまり褒められることではないだろう。
「お答えできることでしたら」
「婚姻が成ってヴェルダンディ嬢が王家の一員となった場合も、ノルン領は貴女が管理できるのか?」
男爵は暗に、王族は様々な公務があり一つの領にかまけていられず、先程の話が反故になるのでは、と言っている。ウルドはそれに気付いた。
「それについて誠意を持ってお答えいたしますが、不敬にあたる内容を含みますの。そして、今からわたくしが口にすることは、今までに何処でも口にしたことのない内容となりますわ。それでもお聞きになります?」
ウルドは一種の脅しをかけている。話が何処かに漏れたら、それは男爵が秘密を漏らしたことになり、そのときは敵に回ると言っているも同義。それでも聞く覚悟があるのか、と問うているのだ。
「シアルフィ領はノルン領の鉱物で成り立っている。聞きたいのは今後も我が領が安心できるか否かの話であり、ゲスな話には興味がない。よって、無用な軽口を叩く気はない」
「ではお答えします」
ウルドは男爵の言葉を肯定と受け止めた。そして、ゆっくりと口を開く。
「わたくし、殿下と婚姻を結ぶ気はありませんの。それよりも、ノルン領の民が安心して暮らせる領にすることが、わたくしにとっては重要ですのよ。それと、少々生意気な言い方になりますが、近隣の領にも恩恵を授けたいとも思っておりますわ」
ウルドから発せられた言葉の内容に、僅かに驚きを見せた男爵だったが、取り繕うようにコホンと咳払いをした。そして、おもむろに問を放つ。
「それは、我が領はノルン領の鉱物を今後もあてにして良いと思ってよろしいのか?」
「そう思って頂いて結構ですわ。ただし、ノルン領の安定が最優先ですけれども」
「当然でしょう」
男爵から、僅かばかりだが安堵の気配が漂う。
「男爵は、私が婚姻を結ばないことが可能だとお思いですの?」
「ヴェルダンディ嬢が殿下に嫌われているのは存じている」
「それでも、陛下はわたくしを買っているのですが」
「貴女ならどうにでもできるのでは?」
(ん? 男爵もあたしを高く買っているの?)
「男爵はただの侯爵令嬢に、陛下の意思を覆らせる力があるとお思いなのかしら?」
「過程はどうであれ、結果的にそうなるのであれば問題ない。ヴェルダンディ嬢が殿下と婚姻を結ばないと言うのであれば、結果はついてくるであろう」
(答えをはぐらかされた気がしないでもないけれど、まぁいっか)
取り敢えず、ウルドの構想通りになりそうな話し合いができた。
そして、すっかり忘れていた第二王子とのことを思い浮かべる。
(後回しにしていたけれど、第二王子の件もそろそろ考えなくてはいけないわよね)
嫌なことを思い出してしまい、ウルドの気分はすっかり重くなってしまった。
「おはようございますヴェルダンディ様。クノッチさんがお見えですよ」
「おはようナンナ、クノッチはお久しぶりね」
「お久しぶりでございますヴェルダンディ様。なかなかご連絡ができませんでしたが、やっとそれらしい情報が入手できました」
シアルフィ男爵家に宿泊した翌日、鉱山町の元監査官が不正取引をしていた相手を探るため、シアルフィ男爵領で潜入調査を行なっていた”ヴェルダンディの信者”である侍女クノッチが、遂に情報を入手したと報告に訪れた。
クノッチ曰く、バルドルに言われた『ここ数年で規模が大きくなった商会を探れ』と言う言葉に従い調査したところ、三つの商会が該当した。
その内の二つの商会は特に変わった様子もないのだが、一つの商会だけは慌ただしくしていたので、そこを重点的に張り込んだ。すると、他所の商会などを回って鉄を集めているのことが判明した。
しかし、その段階でのヴェルダンディがどう動いているか分からなかったクノッチは判断に迷う。そこで色々と考えてみたところ、不正で回ってきていた鉄が届かず、必要量を慌てて掻き集めているのではないか、とクノッチは推測したのだとか。
確かに、ウルドはナルヴィーに出荷の調整を行なわせたが、現状は今まで通りの出荷をしてる。唯一変わったとすれば、横流しされていた鉄が領内用に回ったことだ。
その結果、入荷量が減った商会があったのであれば、それは不正に加担していた商会だけであろう。
ウルドは即座にバルドルを呼び、急いでその商会に向かわせた。
「ご苦労さま。暫くゆっくり休んで頂戴」
「ありがたいお言葉ですが、一つよろしいでしょうか?」
「なに?」
「お休みより、ヴェルダンディ様のお側で身の回りのお手伝いをさせていただきたいのです」
側近に迎えてすぐ、主の元を離れて調査任務に就いていたクノッチは、休みよりも敬愛する”女神様”のお世話をしたいのだと言う。
ウルドは、信者とはそういった思考なのだな、と理解したので、クノッチの願いを聞き入れることに。
その時ばかりは、常時影が薄いクール系スレンダー美人のクノッチが、存在感を顕に満面の笑みで喜んだのが印象的であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――以上のようになりました」
「ご苦労さま、バルドル」
ウルドの命を受けたバルドルは直ぐ様問題の商会に出向き、ちゃちゃっと証拠を掴み上げ、不正をしていた商会の会頭をシアルフィ男爵家に突き出している。
本来はただの執事であるバルドルが、執事の許容を越えた任務を行なっているのだが、ウルドは既に『まぁバルドルだから』と、気にも留めなくなっていた。
「さて、シアルフィ男爵との会談が終わるまで、数日はやることがないわ。なので、暫くは通常業務をのんびりしてくれてかまわないわよ」
「差し出がましいのですが、ヴェルダンディ様のお洋服を買いに行きませんか?」
「どうして?」
「ヴェルダンディ様の御召物はどれも豪華過ぎます。領地での活動でしたら、もう少し気軽に着れるものがよろしいかと」
「ではそうしましょう。――忌憚のない意見を言ってくれるナンナが好きよ」
「勿体無いお言葉、ありがたく存じます」
主人に意見をするなど侍女にあるまじき行為だが、若干オツムが弱くて些か馴れ馴れしいナンナを、ウルドは本気で気に入っていたのだ。
「スルーズに案内をさせてしまってごめんなさいね」
「いいえ、わたしはヴェルダンディ様とご一緒できるだけで嬉しいのです」
「ありがとうスルーズ」
買い物に出掛けるにあたり、領主の娘であるスルーズであれば良い店を知っているのではないか、と侍女のナンナに言われ、男爵令嬢を案内掛係にするのは申し訳ないと思いつつウルドが頼むと、当の本人は二つ返事で了承してくれた。
「この商会は男爵領で最大手なのですが、王都などと比べると見劣りしてしまいます」
「私が欲しいのは領での活動時に着用する物なの。豪華さより気楽に着れることを重要視しているから、問題ないのよ」
申し訳無さそうなスルーズに、ウルドは満面の笑みで応える。
よくよく思い返すと、王都でもノルン領でも街に繰り出して買い物を楽しんでいなかったウルド。そんな彼女は、自分を慕ってくれている妹分と街に繰り出せたこと自体が、既に楽しかったのだ。
「ヴェルダンディ様、この様なワンピースなど如何ですか?」
「あら良いわね。ナンナの見立てではどういったものがお薦め?」
「そうですねぇ~……」
「あ、あのぉ~ヴェルダンディ様」
「どうしたのスルーズ」
「ヴェルダンディ様がお召しになるものが、そのようなワンピースでよろしいのですか? しかも侍女に選ばせて」
自身は可愛らしいワンピースを身に纏っているスルーズだが、部屋着であっても豪華なドレスを着ている侯爵令嬢が、ワンピースなど着ないだろうと想像していたようだ。しかも、自分ではなく侍女に選ばせていることがとても不思議だったらしい。
「スルーズもワンピースを着ているでしょ?」
「わたしは男爵令嬢ですので、むしろ高価なドレスを普段は身に付けられません」
「わたくしも、スルーズのような可愛らしい格好をしてみたいのよ。おかしいかしら?」
「ヴェルダンディ様であれば、何をお召になってもお似合いでしょうが、らしくはないかと……」
「いいのよ。普段から肩肘張っていては疲れてしまうもの。領に滞在している時くらいは、もう少し気楽に生活したいのよ」
現状、王都を出たウルドの許に来客はない。それにも拘らず、常に豪著な衣装に身を包んでいたので確かに疲れていた。
そう考えると、ナンナの案は魅力的で、自領では気楽な装いで過ごすのも悪くないとウルドは思い至る。
(ドレスでなければ、ベッドに飛び込んでもナンナに怒られないはずだわ!)
「それに、普段から衣装選びは侍女のナンナに任せているのだから、ここでナンナに選んで貰うのもおかしくないでしょ?」
「ヴェルダンディ様がよろしいのであれば、わたしが口出しすることではございませんので」
スルーズは、『余計なことを言ってしまった』とばかりに、少々気落ちしてしまう。
「もし良ければ、スルーズも私に似合いそうな衣装を選んでくれないかしら? できれば重々しくなく気楽に着られるものがいいわ」
「わたしが選んでもよろしいのですか?」
「ええ。是非スルーズにお願いしたいの」
「わ、分かりました。ヴェルダンディ様に相応しい衣装を、わたしが見つけ出します!」
胸前で両拳を握ったスルーズは、”ふんすっ”と言わんばかりに気合を入れ、早速衣装を選び始めた。
ウルドは氷の魔女と呼ばれていた所以からか、寒色を好んでいた過去がある。そして、奇しくもウルドと同じ氷の魔女と呼ばれるヴェルダンディも、ドレスなどは軒並み寒色系ばかりであった。
現状、『氷の魔女』という呼び名が悪いイメージを持っていることから、思い切って赤などの暖色系の衣装でイメージチャンジしてはどうか、とナンナは言ってくる。
それも良いかと思ったウルドは、自身も好きな寒色系も選びつつ、大半を暖色系にすることにした。
こうして、初めての街遊びを楽しんだウルドは、王都では味わえない充実感を得て、溢れんばかりの笑顔を振り撒いたのであった。
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