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第三話 第二王子との初対面
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「お前は今日こそ大人しく隅にいろ」
夜会の会場に着くと、父である侯爵は念を押すようにウルドに告げ、フンッと鼻を鳴らして去っていく。
(ふむ、今日こそと言うことは、いつもは大人しくしていないってことね。大丈夫よお父様! 今日のあたしはナンナの言ったとおり大人しくしているから。何て言うの、壁の花ってヤツだったかしら? 今日はそれに徹して、夜会の雰囲気だけを感じ取って帰るわ)
父からの言葉を正しく受け取ったウルドは、楚々と壁際に行き、会場が見渡せる場所をしっかりキープした。
(それにしても凄いわね。会場の大きさや調度品の豪華さも然る事ながら、参加している人数もすごく多いわ)
お上りさんよろしく会場をキョロキョロと観察しているウルドは、ヴェルダンディが『氷の魔女』と呼ばれていることをすっかり忘れている。そのため、時折ヴェルダンディの方を見てはコソコソと話している者の姿など、全く気にも留めていない。
(参加者の衣装も凄いわ。誰も彼もが王族に思えるわね)
ウルドが暮らしていた国は、戦争に明け暮れる周辺国と比べると富んでいた。それでも夜会など滅多に開かれず、ウルドも数えるほどしか参加した経験がない。
そもそも、魔術のお陰で生活する上での利便性はあったが、装飾を含めた娯楽に力を入れることはなく、如何に国を守るかを考えていた国であった。そのため、夜会というのは他国からの侵攻を食い止めた場合に、軍の上層部を労うための食事会として開かれていたのだ。
それを考えると、誰しもが綺羅びやかな衣装や装飾品を身に付け着飾った姿は、全員がウルドの知る王族……いや、王族以上のように見えてしまうのは仕方のないことだろう。
ウルドがそんなことを考えていると、王族のように見える貴族ではなく、本当の王族が入場する旨が会場全体に通達される。
説明の言葉を聞くに、本日の王族は第二王子のみが参加するとのことであった。
(第二王子と言うと、あたしの未来の旦那様よね。どんな人かしら?)
壁の花に徹しているつもりのウルドは、自身が第二王子の婚約者である実感がなく、何処か他人事のように捉えている。
係の者が第二王子の入場を告げると、一段高い位置に第二王子が姿を現す。
ウルドは王子という響きから、スラッとした細身の男性をイメージしていたのだが、現れたのは王子と言うより”軍人”という言葉が似合う立派な巨躯の男性であった。
それでも、短く刈り上げた金色の髪は爽やかさがあり、顔の作りは良さそうに感じられ、『さすがは王子』とウルドは思う。
(でも何だろう、あまりお近付きたになりたいと思わないわ)
ウルドは恋愛経験が全く無い魔術研究バカであり、恋愛に興味もなかったので好みの男性のタイプなどない。それゆえ、男性の外見だけでお近付きになりたくない、などと思ったことはなかったのだ。
それがなぜか第二王子に関しては、姿を目にしただけでお近付きなりたくない、と思ってしまったことに、ウルドは自分でも不思議に感じた。
(まあいいわ、婚約者なのであれば、きっとあたしの味方でしょう。それであれば、これから王子のことを知って、恋愛をしてみればいいのよね)
侯爵家の令嬢で、婚約者が王子ともなれば、これから他所で恋愛ができないことをウルドは理解している。それであれば、今はどのような人物なのか知らない婚約者のことを知り、その人物と恋愛すればいいだけ、とウルドはしっかり割り切って考えていたのだ。
(ん? 父は王子の不興を買わないようにしろと言っていたけれど、それであればご機嫌取りをしないといけないのではないかしら? 隅で大人しくしていては、それもできないわよね? それに、婚約者なのに声の一つもかけないのは、それこそ不好を買ってしまう可能性があるわ)
平民から魔術士になり、おまけ的に爵位を賜ったウルドは、夜会での立ち回りや貴族間の交流など、何をどうすれば良いのか知らない。それであれば周囲の動向を探り、参考にしようと思う。だが、王子の婚約者としての立ち回りをしている人物など何処にもいないと気付いた。
(困ったわね、取り敢えずお父様に指示してもらいましょう)
思い立ったが吉日とばかりにウルドは壁から離れ、父である侯爵の許へ向かう。
入場から今まで一歩も動かなかったウルドが動いたことで、周囲はにわかにざわめきだった。
「おい、殿下が現れたら氷の魔女が動いたぞ」
「確か、去年の殿下は氷の魔女の参加した夜会には一切参加してなかったよな」
「それどころか、殿下は氷の魔女から、魔女の妹を保護するとか言ってたはずだぞ」
「王族の婚約は両者が十六歳を迎えるまで非公開だから、すっかり解消されてたのだと思ってたけど、もしかしてまだ解消されていないのか?」
会場ではそんな会話が繰り広げられており、ウルドはしっかりその声を拾っていたのだ。
(ちょっと何なの?! 味方だと思ってた王子が、あたしから妹のフリーンを保護するっておかしくない? それって、ヴェルダンディがフリーンを虐めてたことが王子に伝わってるってことよね? もう何なの! 家の中どころか、婚約者まで敵じゃない!)
無表情を装っていたウルドだが、周囲の声を耳にし、不満の表情を浮かべてしまう。そんなウルドを目にした者から、「ヒッ」などと引きつる声が漏れ聞こえる。
「お父様」
「なっ、ヴェルダンディ」
(あら、随分と嫌な反応の仕方ね。いくらあたしが嫌いでも、侯爵なのだからもう少し飾った態度をしてもらいたいわ)
不満の表情を浮かべる自分を棚に上げ、ウルドは内心で父にダメ出しをしていた。
「あたし、殿下に挨拶しなくていいの?」
「しなくていいから、お前は隅で大人しくしていろ」
「はーい」
「それから、お前は侯爵令嬢なのだから、その巫山戯た口調を止めろ」
(自分だって侯爵らしい振る舞いができていないくせに!)
ウルドは悪態をつきつつ、再び壁へと足を向けようとしたその時――
「おい氷の魔女、お前ふた月も寝てたって割に随分と元気そうだな。そのまま起きなければ良かったものを」
不意に背後から聞こえた傲慢な声が、徐々にウルドへと近付いてきた。
多分に嘲笑が含まれたその声を、ウルドが自分の耳で聞いたのは初めてである。しかし、声の主が自身の婚約者である第二王子だということは、容易に想像できた。
ウルドは振り返ると、見事なカーテシーで以て慇懃に振る舞う。
「殿下にご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。しかしながら、こうして起きることができましたので、ご心配には及びません」
「お前の心配などしておらん。よっぽどフリーンの方が心配だ」
ウルドの眼前に佇む大男は、不機嫌であることを隠そうとしていなかった。いや、隠すどころか、おもむろにモスグリーンの瞳に嫌悪の光を宿し、目を細めてより一層の嫌味を言ってきたのだ。
(いくら王子とはいえ、衆人環視下で婚約者を貶し、婚約者でもない女の心配をするのはどうなのよ?! 結婚する前に浮気宣言をしているようなもんじゃない。――もしかして、この男ってバカなのかしら?)
王子というのは幼少時より多くを学び、賢い者ばかりだと思っているウルドからすると、目の前の王子が自分の知る賢い王族ではないと気付いた。
「殿下、質問してもよろしくて?」
「なんだ」
「殿下の婚約者はどなたです?」
「……俺は認めていないが、お前ということになっている」
眉を顰め露骨に嫌そうな表情を見せる第二王子に呆れてしまうウルドであったが、彼女は呆れが表情に出そうになるのを堪える。
「それでは、この婚約を決めたのはどなたでしょう?」
「父う……陛下だ」
「それであれば、例え殿下とって不本意であっても、それをおくびにも出さずにまっとうすべきでは?」
「何が言いたい」
「わたくしも不本意ですわ。ですが、殿下とわたくしの婚姻を陛下が望まれているのであれば、それをまっとうするつもりでおりますの。心を押し殺し、我慢をして。……わたくしでさえできる我慢を、殿下はできないと仰るのでしょうか?」
王子ともなればそれなりの権力があるはずで、敵だらけのヴェルダンディであっても、王子の力で以て守ってもらえる、とウルドは淡い期待を抱いた。例え望まぬ婚約であっても、この人物を知り、恋愛を経て結婚できるのであれば、それはそれで良いとも考えた……が、会話を交わすとそれも駄目だと悟る。
「おい魔女よ」
「何でしょう?」
「俺はどうにかしてお前との婚約を解消する。ゆえに、俺が我慢する必要はない!」
「そうですか。どうぞ頑張ってくださいまし。結果がどうであれ、わたくしは陛下の命に従うだけですわ」
「ケッ」
(はぁー、もしかしてあたしの思う第二王子評価が間違っていると思い、試しにちょっと煽ってみたら、こうも見事に乗ってくるとは……。こんな場所で、そんな大声で、それを言うのは立派な国王批判だと気付いているのかしら? まぁ、おバカさんだから気付いていないのでしょうね)
「では、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
「おう、とっとと何処かに行け!」
(どうしようもないバカなのね)
ウルドが歩き出すと、周囲にいた者達が道を開けた。彼ら彼女らの表情は、驚愕、侮蔑、嫌悪といったようなものばかりで、好意的な者が誰一人いないのだとウルドは実感する。
(バカなのはあたし、か。……回りは敵だらけだと言うのに、更に婚約者である王子まで敵なのだから、どうにか庇護を得られるよう頭を下げなければいけなかったのに……)
ウルドは壁へ向かわず、そっと会場を後にした。
なんとなくあの場から離れたかったウルドだが、王宮の造りなど把握しておらず、行く宛のないままフラフラ彷徨う。
「はぁ~。これって、最後の時と同じ状況よね。周囲は敵だらけの孤立無援だもの」
溜め息を吐いたウルドは、大魔術師ウルドとして亡くなる直前、全方位を敵軍に囲まれていた状況を思い出していた。
「何の因果か、あたしはここでも『氷の魔女』と呼ばれているようだけれど、意味合いは全く違うようだし……。結局あたしは、恋愛も結婚もできないのかな。はぁ~」
再びウルドの口を吐く溜め息。
「そこのお嬢さん」
「ヒェッ」
不意に背後から声をかけられたウルドは短く悲鳴を漏らし、立ち止まって恐る恐る振り返る。
そこには――
夜会の会場に着くと、父である侯爵は念を押すようにウルドに告げ、フンッと鼻を鳴らして去っていく。
(ふむ、今日こそと言うことは、いつもは大人しくしていないってことね。大丈夫よお父様! 今日のあたしはナンナの言ったとおり大人しくしているから。何て言うの、壁の花ってヤツだったかしら? 今日はそれに徹して、夜会の雰囲気だけを感じ取って帰るわ)
父からの言葉を正しく受け取ったウルドは、楚々と壁際に行き、会場が見渡せる場所をしっかりキープした。
(それにしても凄いわね。会場の大きさや調度品の豪華さも然る事ながら、参加している人数もすごく多いわ)
お上りさんよろしく会場をキョロキョロと観察しているウルドは、ヴェルダンディが『氷の魔女』と呼ばれていることをすっかり忘れている。そのため、時折ヴェルダンディの方を見てはコソコソと話している者の姿など、全く気にも留めていない。
(参加者の衣装も凄いわ。誰も彼もが王族に思えるわね)
ウルドが暮らしていた国は、戦争に明け暮れる周辺国と比べると富んでいた。それでも夜会など滅多に開かれず、ウルドも数えるほどしか参加した経験がない。
そもそも、魔術のお陰で生活する上での利便性はあったが、装飾を含めた娯楽に力を入れることはなく、如何に国を守るかを考えていた国であった。そのため、夜会というのは他国からの侵攻を食い止めた場合に、軍の上層部を労うための食事会として開かれていたのだ。
それを考えると、誰しもが綺羅びやかな衣装や装飾品を身に付け着飾った姿は、全員がウルドの知る王族……いや、王族以上のように見えてしまうのは仕方のないことだろう。
ウルドがそんなことを考えていると、王族のように見える貴族ではなく、本当の王族が入場する旨が会場全体に通達される。
説明の言葉を聞くに、本日の王族は第二王子のみが参加するとのことであった。
(第二王子と言うと、あたしの未来の旦那様よね。どんな人かしら?)
壁の花に徹しているつもりのウルドは、自身が第二王子の婚約者である実感がなく、何処か他人事のように捉えている。
係の者が第二王子の入場を告げると、一段高い位置に第二王子が姿を現す。
ウルドは王子という響きから、スラッとした細身の男性をイメージしていたのだが、現れたのは王子と言うより”軍人”という言葉が似合う立派な巨躯の男性であった。
それでも、短く刈り上げた金色の髪は爽やかさがあり、顔の作りは良さそうに感じられ、『さすがは王子』とウルドは思う。
(でも何だろう、あまりお近付きたになりたいと思わないわ)
ウルドは恋愛経験が全く無い魔術研究バカであり、恋愛に興味もなかったので好みの男性のタイプなどない。それゆえ、男性の外見だけでお近付きになりたくない、などと思ったことはなかったのだ。
それがなぜか第二王子に関しては、姿を目にしただけでお近付きなりたくない、と思ってしまったことに、ウルドは自分でも不思議に感じた。
(まあいいわ、婚約者なのであれば、きっとあたしの味方でしょう。それであれば、これから王子のことを知って、恋愛をしてみればいいのよね)
侯爵家の令嬢で、婚約者が王子ともなれば、これから他所で恋愛ができないことをウルドは理解している。それであれば、今はどのような人物なのか知らない婚約者のことを知り、その人物と恋愛すればいいだけ、とウルドはしっかり割り切って考えていたのだ。
(ん? 父は王子の不興を買わないようにしろと言っていたけれど、それであればご機嫌取りをしないといけないのではないかしら? 隅で大人しくしていては、それもできないわよね? それに、婚約者なのに声の一つもかけないのは、それこそ不好を買ってしまう可能性があるわ)
平民から魔術士になり、おまけ的に爵位を賜ったウルドは、夜会での立ち回りや貴族間の交流など、何をどうすれば良いのか知らない。それであれば周囲の動向を探り、参考にしようと思う。だが、王子の婚約者としての立ち回りをしている人物など何処にもいないと気付いた。
(困ったわね、取り敢えずお父様に指示してもらいましょう)
思い立ったが吉日とばかりにウルドは壁から離れ、父である侯爵の許へ向かう。
入場から今まで一歩も動かなかったウルドが動いたことで、周囲はにわかにざわめきだった。
「おい、殿下が現れたら氷の魔女が動いたぞ」
「確か、去年の殿下は氷の魔女の参加した夜会には一切参加してなかったよな」
「それどころか、殿下は氷の魔女から、魔女の妹を保護するとか言ってたはずだぞ」
「王族の婚約は両者が十六歳を迎えるまで非公開だから、すっかり解消されてたのだと思ってたけど、もしかしてまだ解消されていないのか?」
会場ではそんな会話が繰り広げられており、ウルドはしっかりその声を拾っていたのだ。
(ちょっと何なの?! 味方だと思ってた王子が、あたしから妹のフリーンを保護するっておかしくない? それって、ヴェルダンディがフリーンを虐めてたことが王子に伝わってるってことよね? もう何なの! 家の中どころか、婚約者まで敵じゃない!)
無表情を装っていたウルドだが、周囲の声を耳にし、不満の表情を浮かべてしまう。そんなウルドを目にした者から、「ヒッ」などと引きつる声が漏れ聞こえる。
「お父様」
「なっ、ヴェルダンディ」
(あら、随分と嫌な反応の仕方ね。いくらあたしが嫌いでも、侯爵なのだからもう少し飾った態度をしてもらいたいわ)
不満の表情を浮かべる自分を棚に上げ、ウルドは内心で父にダメ出しをしていた。
「あたし、殿下に挨拶しなくていいの?」
「しなくていいから、お前は隅で大人しくしていろ」
「はーい」
「それから、お前は侯爵令嬢なのだから、その巫山戯た口調を止めろ」
(自分だって侯爵らしい振る舞いができていないくせに!)
ウルドは悪態をつきつつ、再び壁へと足を向けようとしたその時――
「おい氷の魔女、お前ふた月も寝てたって割に随分と元気そうだな。そのまま起きなければ良かったものを」
不意に背後から聞こえた傲慢な声が、徐々にウルドへと近付いてきた。
多分に嘲笑が含まれたその声を、ウルドが自分の耳で聞いたのは初めてである。しかし、声の主が自身の婚約者である第二王子だということは、容易に想像できた。
ウルドは振り返ると、見事なカーテシーで以て慇懃に振る舞う。
「殿下にご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。しかしながら、こうして起きることができましたので、ご心配には及びません」
「お前の心配などしておらん。よっぽどフリーンの方が心配だ」
ウルドの眼前に佇む大男は、不機嫌であることを隠そうとしていなかった。いや、隠すどころか、おもむろにモスグリーンの瞳に嫌悪の光を宿し、目を細めてより一層の嫌味を言ってきたのだ。
(いくら王子とはいえ、衆人環視下で婚約者を貶し、婚約者でもない女の心配をするのはどうなのよ?! 結婚する前に浮気宣言をしているようなもんじゃない。――もしかして、この男ってバカなのかしら?)
王子というのは幼少時より多くを学び、賢い者ばかりだと思っているウルドからすると、目の前の王子が自分の知る賢い王族ではないと気付いた。
「殿下、質問してもよろしくて?」
「なんだ」
「殿下の婚約者はどなたです?」
「……俺は認めていないが、お前ということになっている」
眉を顰め露骨に嫌そうな表情を見せる第二王子に呆れてしまうウルドであったが、彼女は呆れが表情に出そうになるのを堪える。
「それでは、この婚約を決めたのはどなたでしょう?」
「父う……陛下だ」
「それであれば、例え殿下とって不本意であっても、それをおくびにも出さずにまっとうすべきでは?」
「何が言いたい」
「わたくしも不本意ですわ。ですが、殿下とわたくしの婚姻を陛下が望まれているのであれば、それをまっとうするつもりでおりますの。心を押し殺し、我慢をして。……わたくしでさえできる我慢を、殿下はできないと仰るのでしょうか?」
王子ともなればそれなりの権力があるはずで、敵だらけのヴェルダンディであっても、王子の力で以て守ってもらえる、とウルドは淡い期待を抱いた。例え望まぬ婚約であっても、この人物を知り、恋愛を経て結婚できるのであれば、それはそれで良いとも考えた……が、会話を交わすとそれも駄目だと悟る。
「おい魔女よ」
「何でしょう?」
「俺はどうにかしてお前との婚約を解消する。ゆえに、俺が我慢する必要はない!」
「そうですか。どうぞ頑張ってくださいまし。結果がどうであれ、わたくしは陛下の命に従うだけですわ」
「ケッ」
(はぁー、もしかしてあたしの思う第二王子評価が間違っていると思い、試しにちょっと煽ってみたら、こうも見事に乗ってくるとは……。こんな場所で、そんな大声で、それを言うのは立派な国王批判だと気付いているのかしら? まぁ、おバカさんだから気付いていないのでしょうね)
「では、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
「おう、とっとと何処かに行け!」
(どうしようもないバカなのね)
ウルドが歩き出すと、周囲にいた者達が道を開けた。彼ら彼女らの表情は、驚愕、侮蔑、嫌悪といったようなものばかりで、好意的な者が誰一人いないのだとウルドは実感する。
(バカなのはあたし、か。……回りは敵だらけだと言うのに、更に婚約者である王子まで敵なのだから、どうにか庇護を得られるよう頭を下げなければいけなかったのに……)
ウルドは壁へ向かわず、そっと会場を後にした。
なんとなくあの場から離れたかったウルドだが、王宮の造りなど把握しておらず、行く宛のないままフラフラ彷徨う。
「はぁ~。これって、最後の時と同じ状況よね。周囲は敵だらけの孤立無援だもの」
溜め息を吐いたウルドは、大魔術師ウルドとして亡くなる直前、全方位を敵軍に囲まれていた状況を思い出していた。
「何の因果か、あたしはここでも『氷の魔女』と呼ばれているようだけれど、意味合いは全く違うようだし……。結局あたしは、恋愛も結婚もできないのかな。はぁ~」
再びウルドの口を吐く溜め息。
「そこのお嬢さん」
「ヒェッ」
不意に背後から声をかけられたウルドは短く悲鳴を漏らし、立ち止まって恐る恐る振り返る。
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