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第21話 オバサン

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「さて若様」

 お茶を淹れて終えたベルは、いつもどおり無表情のまま口を開いた。

「は、はい!」

 俺は意を決してこの状況を受け入れ、決意表明的に気合のこもった返事をした。
 少しどもってしまったが、それはご愛嬌だ。

「若様がお変わりになられたのは、何か思うところがあって気持ちを入れ替えた、そう解釈しておりました」

 何も説明していないと、そのようにとれるのだろう。

「しかし、ヴォルフスシャンツェで働く者たちは若様の変化に気づいても、若様が今までの悪評を覆そうと努力している、ということに気づいていない者が大半です。今までの若様は、それはもう大変気まぐれでしたので」

 それは俺にも心当たりがある……というかあり過ぎる。

僭越せんえつながら、私は気づいているつもりでおります」

 それはどうも。
 ところで、ヴォルフスシャンツェってアホみたいに大きい城塞だけど、何人くらい働いてるんだろ?
 俺の部屋は随分と端にあるけど、それでもかなりの従者がいるんだよな。

「ですが、なぜほぼ記憶がないことを、私に伝えてくださらなかったのですか?」

 それは説明するのが面倒くさかったから、という単純な理由もあるが、そもそもベルが叔母だと知らなかったのが一番の理由だ。
 講師が他の使用人より立場が上だと思っていたが、それでも使用人のひとりだと思っていたのだ、そんなベルにわざわざ説明しようなどと思ったことはなかった。

 だがしかし、その理由をそのまま口にするのはまずい気がする。

「わざわざ言いふらすことでもないと思って……」

 俺の言葉は尻すぼみになってしまった。

「若様は、ご自身のお立場を理解されていますか?」
「辺境伯家の第三子で次男、唯一の嫡子……です」
「そうです。若様は姉様……辺境伯家の正妻である奥様がお生みになった、唯一の嫡子なのです。であれば、次期当主として内定しているのが当然です」
「はぁ……」
「継嗣が10歳のお披露目を行う場合、次期当主としてのお披露目でもあるのです。それなのに若様は、10歳も目前だというのに内定すらしていないとは……。これは由々しき問題です」

 たしかに、兄であるモーリッツにも、『継嗣に任命されていないくせに、嫡子とか言っちゃってるの片腹痛いわ』的なことを言われた気がする。
 あのときは少しだけ気になったが、そのまま流してしまっていた。
 だがしかし、ベルに由々しき問題とまで言われてしまうと、さすがにまずい気がしてきた。

「まずいですかね?」
「大変まずいです。尻に火がついている状況だというのに、ご本人はそれに気づいていないのですから」
「そうですね……」

 おかしいぞ、俺の知ってるベルは講師として淡々としゃべる人だったのに、どうして今日はこんなに熱血的なんだ?
 なんだか物理的に火をつけられそうな勢いなんですけど。

「なぜ若様が継嗣に選ばれていないか、その理由はおわかりですか?」

 考えるまでもなく、俺が覚醒する前のルドルフがやらかした様々なことが原因だろう。
 そんなわかりきったことを、今更ベルの前ですっとぼけても意味がない。
 だが開き直った口調では言うのもはばかられるため、俺はおずおずと口を開く。

「……俺の素行の悪さや、そこから付随する悪評が広まったから……ですかね?」
「そのとおりです。多少のやんちゃであれば、ご領主も目を瞑ってくださったでしょう。しかし若様の評判は、はっきりいって最悪です。しかもその悪名は広く轟いているのですから、生半可な努力で覆るようなものではありません」
「…………」

 カールに『若様は良い人です』と言わせるだけでは足りないのか?
 ミルヒはまだホルシュタインに戻ってないけど、これからホルシュタインで喧伝してくれるはず。
 ティナも王都で……って、それは離れ過ぎてるから今はどうでもいいや。
 なんにしても、少しずつ『ルドルフイメージアップ作戦』の包囲網は広がってる。 けど、3ヶ月経った現状でも、お膝元のヴォルフスシャンツェですら俺の評判は良くなってないんだよな……。

 ベルの口からもたらされたあれこれについて考えていると、俺と同じ碧の瞳に見据えられていることに気づきく。
 ハッとした俺は、おとなしく背筋を伸ばした。

「そこで、お祓いをしたことで若様に取り憑いていた悪しき者は取り払われ、”悪の権化”や”極悪非道な悪童”やらと言われたルドルフ・フォン・ヴォルフガングはもう存在しない。そう喧伝するのです」
「え? お祓いとかしてないですよね? それに、そんなことで人々がそれを真に受けるのかな……」

 真面目な表情でおかしなことを言うベルに、俺は考えるでもなく素で思ったことを口にしていた。

「あの落馬事故は事故ではなく、若様から悪魔を払う『悪魔落としの儀式』だったことにします。若様が一週間も目を覚まさなかったのは、悪魔と戦っていたから。そして打ち勝った、そう説明するのです」

 すごい発想だ。
 それに、俺が落馬で記憶を失ったと聞いたのはまだほんのちょっと前のこと。なのにもうそれを利用した策を思いついている。
 ベルは講師だけあって頭の回転が早く、それは素直に凄いと思った。

「若様の変化を気まぐれだと思っていた者たちも、若様の様子が以前と違うのは憑き物が取れたから、そう思うでしょう。……それでも多少の時間はかかりましょうが、理解を得られ易くなると思います」

 たしかこういった世界だと、病気や不可解な現象の原因は悪魔の仕業と思われている、とかいうのがポピュラーなんだよな。
 あくまで読んでいた小説なんかの設定だから、この世界もそうとは限らないけど、わざわざそんな提案をしてくるくらいなんだから、おかしくないのかもな。
 それにしても破天荒な気がするけど。

 でも、俺が記憶のことをベルに伝えなかったのとどう関係してるんだろ? 

「言わんとすることは、なんとなくわかりました。でも、ベルティルデ叔母さん・・・・に記憶喪失のことを伝えなかったことと今の話、何か関係あります?」
「誰がオバサン・・・・ですかっ?!」

 え、そこ?!

「で、でも、ベルティルデ叔母さんは母上の妹なので、俺からすると叔母さんですので……」
「何度もオバサンオバサン言わないでくださいませ!」
「そ、そんなつもりは……」

 思わぬことでベルに食いつかれ、俺はしどろもどろになってしまった。
 今の俺を見て、『極悪非道な悪童』や『殺戮王』などという嫌な二つ名を持っている人物だと誰も思わないだろう。

「確かに私は27歳ですが、まだ未婚なのです。いや、まだと言うより一生未婚の生涯独身予定ですけど……。とにかく、オバサンと呼ばれるのは納得できません!」

 妙齢の女性であるベルは、27歳には見えないほど若々しい。それこそオバサンと呼ぶのは失礼なほどに。
 俺としては血縁上の関係から叔母さんと呼んだわけだが、言葉の響きはオバサンと一緒だ。実に紛らわしい。

 会話って、些細な認識の違いとか齟齬で相手の神経を逆撫でたりするから、マジで面倒くさいんだよな。

「ごめんなさい、ベルティルデ叔母……ベルティルデさん」

 俺は内心で悪態をつきつつも、ぐっと堪えて謝罪の言葉を口にした。

「ベルで結構です。それより若様、今から叔母として振る舞ってもよろしいですか?」
「ど、どうぞ」

 今のベルから、講師時の淡々とした雰囲気は感じない。だからすでに叔母モードなのかと思ったら違うらしい。――よくわからん。

「ルドルフ、姉様はね――」

 俺がどうでもいいことを考えていると、いきなり俺を呼び捨てにしたベルが心内を吐露し始めた。
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