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第6話 姉と兄

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「お、お前がルドルフか。僕がヴォルフガング家の長男・・モーリッツだ」

 中庭に用意された白くて洒落た丸テーブルを囲んで座っていると、物凄くインパクトのある少年が、少し戸惑いがちにそんなことを言ってきた。
 少年が与えてくる衝撃は、目の覚めるようなキラッキラの金髪、ということではない。それも衝撃的なのだが、それ以上に髪型が凄いのだ。
 彼の頭髪は側部がガッツリ短く刈り上げられ、上部は天に向かってそびえ立っているのだが、その全長が50センチを超えていそうなくらい長いのである。

 どうやって立たせてるんだろ?

 少年の大きく見開かれた目には、鳶色の瞳が自信満々に輝いている。
 その自信の根拠は、年齢に見合わない立派な体躯からきているのだろうか。
 俺との年齢差は僅か一つとのことだが、彼の身長は長い髪を別にしても俺より断然高い。ガッチリした体格も、まるで成人男性のようだ。

 でもまあ、腹回りは俺の方が確実にあるね。

「あたくしはグレータよ。ヴォルフガング家の長子・・ですわ」

 俺がどうでもいいことを内心で張り合っていると、ルドルフである俺より少しお姉さんな感じで、小学生と中学生の間くらいの少女が声をかけてきた。
 少女もまた目の覚めるようなキラッキラの金髪で、その髪型がやはり凄い。
 身長が二割増しに見えそうなほど高く盛られているのだ。――メガ盛り!

 なんなの? この世界の貴族って、高さを強調することを強いられてるの?
 まるで坊ちゃん刈りの俺が異端みたいに思えるんだけど。

 まったく親近感の沸かない兄と姉を見て、俺は少し不安になった。

 昨日の殺害未遂時、俺は目を閉じていてこの姉弟の姿を見ていない。
 だが聞き覚えのある声だ。この二人は、やはり昨日の人物だろう。
 しかし、俺が不安に思ったのはそこではない。見た目も不安要素ではあるが、そこでもない。
 この二人からにじみ出ている空気感というか雰囲気、それがどうにも苦手な部類なのだ。面倒くさそうな人種という意味で。

「あたくしのお披露目があった昨年は、なぜかルドルフに会えませんでしたけれど、今年は会えてよかったですわ。あたくしというヴォルフガング家長子・・の存在を、こうしてあなたにお見せできたのですもの」

 少し意地の悪そうな笑みを浮かべる自称姉は、自分が長子であることを殊更強調してくる。細められた目に、鳶色の瞳を鈍く光らせながら。

 二人とも目の覚めるような見事な金髪だ。瞳の色も鳶色で、それだけでも二人が姉弟なのが見て取れる。
 それに引き換え俺は碧眼で、髪はかっこよくいえばアッシュグレーだが、ぶっちゃけるとダッサイ鉛色だ。彼らとは明らかに毛色が違う。
 これは比喩的な言い回しであり、字面通りの意味でもある。

 見た目の特徴とでも言うべき、髪と瞳の色が姉と兄とまったく違う俺。
 しかし、腹違いあればそれも納得。特に気にする必要もないだろう。
 それより気にすべきことは、俺とこの姉弟の立ち位置だ。

 姉であるグレータは、ヴォルフガング家の長子・・であることを強調している。
 兄であるモーリッツは、ヴォルフガング家の長男・・であることを強調してきた。

 これは噂に聞く”マウント取り”という駆け引きではないだろうか。
 世の中には、自分が優位な絶対的立場に立ちたいと思う者が、他者と上位であるマウントを取り合うのだとか。バカバカしい。

 人付き合いをかわし続けてきた日本人時代、絶対的立場にあった侯爵家嫡男時代、俺はどちらでもそのような面倒くさい駆け引きをしたことがない。

 これは困った。
 俺はしばし考える。

 するとすぐに、少ない情報しかないながらも、俺は重要な情報を得ていることに気づいた。
 ヴォルフガング辺境伯領の領都ガング。その中心にあるは、ヴォルフガング家の本丸ともいうべきヴォルフスシャンツェと呼ばれる城塞の本館。そこで暮らしている子は現状で俺だけ、ということに。
 それはすなわち、次期当主になるのは嫡子の俺だからだろう。
 ということは、俺が何もせずとも、すでにマウントは取れているのだ。

 ひざまずけ雑魚ども!

 などと思うも、それではいけないと即座に気づく。
 この二人は俺を殺そうとしていたのだから。
 では理由は何だ? それは俺に何かしらの恨みがある、そう考えていた。
 しかし、俺が目覚める前のルドルフ時代に、この二人とは顔を合わせていない。
 会話内容からの推測だが、ほぼ間違いないだろう。
 そんな二人が俺を殺したいほど憎む何かを、ルドルフがしたとは思えない。――面倒くさがり屋であるルドルフが、わざわざちょっかいを掛けるはずがないのだ。
 だが今、二人は俺からマウントを取ろうとしている。
 であれば――

 まあ、お察しだな。

 ならばこそ、ここは変に張り合わないのが正解のはず。

「どうも、俺がヴォルフガング家唯一の嫡子、ルドルフだよ。姉弟仲良くやっていこう、グレータとモーリッツ」

 俺は二人の挨拶を手本に、自分の肩書的なものである”嫡子”という言葉を添えて挨拶してみた。もちろん、嫡子を強調するようなことはしていない。
 口調は『親しみ』をテーマに、俺なりの『友好』をイメージして。もちろん表情は笑顔一択。
 しかも遠回しではなく、ハッキリ『姉弟仲良く』と口にして、俺に敵意がないことも伝えた。完璧な挨拶ができたと思う。

 が――

「兄である僕を呼び捨てにするとは、噂通り常識を知らないようだな」

 俺は二度の人生でどちらも長子だったため、兄や姉がいたことがない。
 そのせいか、無意識で呼び捨てにしてしまったが、それは褒められたことではないようだ。

 お兄さんとかお姉さんと呼ぶべきなのだろか? 難しい。

「しかも未だ継嗣けいしに任命をされていないくせに、よくも自信満々に『唯一の嫡子』などと言えたものだ」
「継嗣?」

 たしか、俺を殺そうとした時も口にしていたな、と『継嗣』という言葉にについて考えていると、なにやら兄であるモーリッツが眉根を寄せて突っかかってくる。

「継嗣とは次期当主、つまりヴォルフガング家の跡継ぎという立場だ。本当に何も知らないのだな」
「へー、そーなんだー」

 その点について俺の考えは、前世が基準になっている。

 侯爵家の嫡男だった前世では、次期侯爵は俺と内定していたが、18歳になってから次期侯爵として任命が行われる――その間際で殺されたけど――という段取りだったため、9歳の現状で任命されていないのは当たり前だと思っていた。
 しかしモーリッツの口ぶりからすると、この世界ではそうではないらしい。

「家督とは長子が相続するものよ。ルドルフが任命されないのも当然ですわ」
「ん? だったらなんでグレータ……姉さんは任命されてないんだ?」
「なっ……! あなた、バカにしてますの!?」

 姉のグレータが、この世界では長子が相続するのが当然だと教えたくれたが、モーリッツの言い分どおりであれば、姉がすでに継嗣の任命をされているはず。
 それがされていなことを不思議に思った俺は、疑問をそのまま口にしたのだが、グレータが眉を吊り上げて俺をにらんでくるではないか。

 何がいけなかったのかわからん。

「女である姉貴が継嗣になるわけないだろ。任命されないのは当然だ。ルドルフは本当に無知だな」

 俺が頭を悩ませていると、モーリッツが理由を教えてくれた。
 それはありがたいのだが、自称兄はいちいち俺をバカにするような一言を付け加えてくる。無知であることは自覚してるが、他人に言われるのは気に食わない。
 だが今は我慢だ。

 ってか顔合わせも済んだし、もうお開きにしてくんないかなー。

 文句を言わないように我慢しようと思った結果、俺はこのお茶会が終わってほしいと思い始めたのであった。
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