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第1話 夢

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 俺は幼い頃から読書が趣味だ。
 その影響だろう、度々読んだ物語に似た世界の夢を見ていた。
 だからきっと、今も夢を見ているに違いない。

「クリスティーナ・フォン・クロイツァー。君との婚約を破棄する」
「殿下、なぜそんなことを仰るのですか?」

 だがこれは明らかにおかしい。
 西洋の宮殿的な舞踏会場のような場所で、見ず知らずの男女が婚約破棄がどうこう言い合ってるのは、俗に言う”婚約破棄”系物語のワンシーンだと思う。……が、俺はそれ系統の物語を試しに読んだことはあっても、眼前の男女の容姿や名前に覚えがない。
 最近は異世界転生系の物語をよく読んでいるが、婚約破棄のシーンはどの物語にもなく、試し読みした程度の物語の内容などあまり覚えていなかった。
 なのに、なぜこんなにも鮮明な夢を見ているのだろうか。

 それにしてもこのご令嬢、僅かに青みがかったほぼ黒とも言える宵闇色の髪なのだが、髪型がツインテドリルだったりする。
 所謂”悪役令嬢”なのだろうが、そういった髪型は金髪がするものだと思っているため、なんだか新鮮に思えた。
 そして、血を連想させるような真紅の瞳が潤んでおり、思わず魅入ってしまうほど魅惑的に感じる。

 一方の殿下と言われていた王子様的な男性もまた、濡羽色という言葉が似合う艷やかな黒髪だ。
 如何にも西洋顔の王子様が、これまた金髪でないのはイメージに反するが、そういった世界観の物語なのだろう。

「クリス、君はエルーシアに随分と酷いことをしていたようだな」

 王子様の隣にいるピンク髪の子がエルーシアで、きっとヒロインなのだろう。
 ふるふる震えて、如何にも被害者ですという態度だ。

 俺は常々思っていた。
 婚約を破棄するということは、破棄する側も婚約者がいる状況なのだから、立場がどうであれ二股をしているクズなのではないだろうか、と。
 そしてヒロインも、婚約者がいる男性に言い寄っているのだから、その行為もクズのすることだと思う。
 なのに、ヒロンが王子様と結ばれると『幸せになって良かったね』などと思う人たちがいる。
 その感覚が俺にはわからなかった。

 とはいえ最近は、そんなクズ共にざまぁする物語が流行っているようだ。――読まないけど知ってた。
 俺としても、それが正常だと思う。――だから試し読みしてみた。
 それもあって、俺の目の前で繰り広げられている茶番は、悪役令嬢がざまぁする展開になってほしいのだが、悪役令嬢は衛兵に拘束されてしまった。

「君のお祖父様は度重なる失策もあり、宰相の座を降ろされた。今までのようにクロイツァー家の名でどうにかすることもできない。今回の沙汰は追って知らされると思うが、君は蛮族王ルドルフの元へ送られることになるだろう」

 悪役令嬢は連行され行ってしまい、これで一件落着のようだ。
 どうやら悪役令嬢の祖父が失脚したようなので、逆転はない模様。
 俺としては、ヒロインではなく悪役令嬢に幸せになってもらいたかっただけに、非常に残念に思う。

 それはそうと、俺の立ち位置はどうなってるんだ?

 俺が見る夢は、常に登場する人物視点なのだが、今回は俯瞰で様子を見ている。
 そもそも夢の中で、『俺は今夢を見ている』と思ったことはなく、目が覚めたら夢だったことに気づいていたのだ。
 しかし今、俺は明らかに知らない世界にいて、夢を見ていると実感している。

 全然意味がわからないんだが。

 そんなことを思っていると、不意に意識が遠のいていった。



「――…………んぁ~あ……」

 俺は今日も今日とてのんびりと目を覚ます。
 そしてベッドの上でゆっくりと上半身を起こすと、背中にズキリとした痛みを感じた。

「なんで背中が痛いんだ? ってか、あれはやっぱ夢だったか。それにしても、あの物語は記憶にないんだよな」

 そんなことを独りごちりながら寝ぼけまなこをこすると、視界の先に見覚えのない景色が広がっていた。

「ここ何処? え、何? 部屋の趣味は悪くないけど、こんな部屋知らねーぞ」

 目に映ったのは、名門侯爵家の嫡男たる俺からすると、豪華さという点ではやや物足りない室内。
 部屋の造り自体は無骨ながらも、質の良さそうな調度品が悪目立ちしないように飾られていて、俺好みの部屋ではある。
 だが、俺の記憶にはない初見の部屋でもあった。

「侯爵家にこんな部屋あったっけ? ……ってか、侯爵家って何?」

 俺はパニックに陥った。
 なにやら記憶が錯乱しているのだ。

「落ち着け俺! ゆっくり記憶を遡れ!」

 ヒッヒッフーと呼吸をし、息を整えながら記憶を整理する。

「俺は日本人……だった。 そうだ、俺は日本人だったんだ。でも――」

 18歳の誕生日と高校卒業を控えた冬のある日、一対多という喧嘩とも呼べないリンチにあった。
 川辺にいるだけでも凍えそうな気温の中、殴られて意識が朦朧としている状態で、俺は川へ突き落とされたのだ。

 呼吸もままならず、動いてくれない体は無駄に感覚だけは研ぎ澄まされ、痛みや苦しさを嫌というほど感じさせたれた。
 冷水の突き刺すような痛みや、すぐそこに見える水面に顔を出すことさえできない無力さは、本当に辛く苦しいものだった……。

「てっきりあれで俺の人生が終わったと思ったら、転生してたんだよな……」

 凍えるような川の中で息絶えたはずの俺は、生まれたての赤子として目覚めた。

 日本人時代の記憶を持ったまま。

「そうだ、俺は日本人から転生してたんだ。……ん、でもこの部屋は俺の知らない部屋だよな? あれ、転生してから俺はどうしてたんだっけ?」

 俺は真剣に自身の記憶を探り、しばらくしてようやく思い出した。

 愛読していた物語とは少し違う世界観だが魔法のある世界で、俺は名門侯爵家の次期当主たる嫡男として転生したのだ。
 とはいえ、物語の主人公のような無双をしていたわけでもなければ、知識チートで何かを成したわけでもはない。

 俺は名門侯爵家唯一の子として育ち、何不自由のない生活を送り、ただ怠惰に生き、日々を無為に過ごすだけだった。

 だがそんな生活も、突如邸に現れた兵に拘束されたことで終わる。

 王国の宰相である父と、国王の妹で侯爵家に降嫁してきた母は、あろうことか王位簒奪さんだつを目論んでいたらしい。
 だがそのはかりごとは王家に筒抜けだったようで、何も知らない両親たちは泳がされており、行動を開始するやいなや、即座に鎮圧されたとのこと。
 結果、連座で一族郎党が処罰されることとなり、何も知らなかった俺も、侯爵家の嫡男として処罰の対象となっていた……というわけだ。

 独房に入れられた俺はそんな説明をされるも、自分は関係ないと暴れるが、殴られてあっさり気絶してしまう。

 目を覚ますと、鉄柱に鎖で縛り付けられて処刑場に搬送されている最中だった。

 またもや『何もしていない』と騒ぎ出した俺に対し、偉そうな風体の男が話しかけてきた。

『たしかに貴様は、貴族として何もしていない。しかし、人としてしてはならぬことをしていた。貴様は従者を道具のように使い、甚振り、時には死なせていた』

『従者は俺に従う者だ! 主の命令を全うできない者に仕置をして何が悪い!?』

『従者だからと何をしてもよい訳が無かろう。従者と言えど血の通った人間だ。感情を持った人間だということを、貴様はわかっていない』

『それがどうした!』

『貴様の両親の企みは、貴様の悪行と共に密告された。貴様の言う仕置に耐えかねた従者からだ』

『なっ?!』

『貴様は愚かだ。貴族家に仕える者なら誰もが盲目的に忠誠を誓い、己の命も惜しまず差し出す、そんな風に思っていたのだろう。だが実際は逆だ。従者は貴様に死んでほしいと願っていた。結果として密告という行動を起こし、こうして貴様は捕まり、処刑される。もっと積極的な者がおったら、貴様は邸で寝首をかかれていただろうな』

『……そ、そんな訳あるか!』

『一つだけ忠告してやる。民をないがろにする貴族に未来はない。民をおもんばり、民を守ることで、貴族は貴族として存在していられるのだ。仕えるに相応しいと思える主であれば、民は自らの意志で忠誠を誓う。貴様がすべきことは仕置ではなく、主として相応しいと認められるような努力だったわけだ』

『なぜ俺がそんな努力をしなければならない!』

『おっと、忠告も今更な話であった。貴様はこれから死ぬのだから、努力する必要などなかったな』

『ふ、ふざけるな! 俺は王位簒奪に加担していない! たしかに俺は従者に仕置をした。それは認めるが、殺されるようなことでもないだろうが?! それに俺はまもなく18歳になる。次期侯爵の権利を正式に得るんだぞ! そうなれば――』

『もういい、黙れ』

 言葉を遮った男に殴りつけられ、俺はまたもや簡単に意識を飛ばしてしまう。

 気絶してからどれくらい経ったのか不明だが、熱気にうなされた俺が意識を取り戻した。
 鉄柱に括り付けられた俺の体は、王宮前広場に高く掲げられている。
 しかも、足元のに置かれた可燃物から炎が燃え上がり、すすけた煙が立ち昇っている状況だ。

 俺が現状に気づくと、思い出したかのように体が悲鳴を上げた。
 五感に支障はないが、身動きの取れない状態で足元から轟々と立ち昇る炎に体を焼かれ、熱された鉄柱が背中を焼く。
 酸素を求めて呼吸をしても、余計に苦しくなるだけの煙が肺を焼いてくる。
 あらがおうにも抗うすべもなく、俺はじわじわと迫りくる死をただ受け入れるのみ。
 本当に嫌だった。耐えきれなかった。『殺すならひと思いに殺してくれ』そう思うも炎と煙に蹂躙され、永遠とも感じられる地獄のような責め苦を味わった末に、俺は再び命を落とした……はず――

「なのにどうして……どうして俺は生きているんだ?」

 当然の疑問が俺の脳内を埋め尽くす。

「もしかして俺は、二度目の転生をした、のか?」

 すると――
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