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2章 我が家

オレは母との話し合いを思い出す 2

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「それで、キャンディは冒険者としてやっていけるかしら?」

 我が家の教えである、『食事中は無駄話をせずにゆっくり噛んで食べなさい』が未だに実践されており、静かな夕食が終わり、キャンディッドが風呂に向かうと、母は意気揚々と問うてきた。

「いきなりそんなのは分からないよ」

「そうね、少し気が急いてしまったわ」

「ただ思った……というか、感じたことがある」

「あら、気になるわね」

 定位置である居間のソファーに座る母は、前のめりで関心を示してくる。向かいに座るオレはお茶を一口啜ると、「少し待って」と母に伝えた。
 前提としてキャンディッドの生い立ちをしっかり思い出す必要があるからだ。
 胸糞悪い忌々しい内容だが、これを避けて考えることはできない。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「姉ちゃんがあの大怪我を負う前に、復数の男に乱暴されて腹に子を宿してた、でいいんだよね」

「……それで、合っているわ」

 母がかつて無いほど、心苦しそうな表情で返答してきた。

 オレの知っている母は、いつも笑顔で落ち着き放ち、冷静が服を着て歩いている様な人だ。それこそ、いつ何時いかなる状況でも、凛としつつも穏やかで、負の感情など持ち合わせていないような、明るく朗らかで温かい、でも少し抜けている女性で、オレの誇りでもある立派な母だった。
 その母が、ここまで負の感情を露わにしていると、オレの怒りなど何処かにやって、とにかく母を落ち着かせたいと思ってしまう。

「ち、違うんだ母さん。それ自体はさて置き、オレが聞きたいのは、そのとき姉ちゃんの腹にいた子が、オレの子・・・・ってことが疑問なんだよ」

 姉が乱暴された事件のことは、落ち着いてから確認する。だからオレは、別件で疑問に思っていたことを口にしたのだ。

「それは、さっき説明したでしょ?」

「父親が誰だか分からないと、それで虐められるかもしれない。だからオレの名前を使った」

「しっかり理解しているじゃない」

「それはそうなんだけど……」

 オレと姉は本当の姉弟ではない。そのことは、オレたち本人も村人も皆知っている。
 ただ、姉が天帝の弟の娘だったのは、今日初めて知った事実だが、今はそれは置いておく。
 ということで、姉とオレは従姉弟であるが、その二人の子どもでも問題ない。
 だからこそ、今問題なのはそこではないのだ。

「オレ、フォリーにフラれたけど、当時は婚約者として一緒に村を出たことになってたでしょ。それなのに姉を孕ませて村を出るとか、村人もそうだけど、フォリーの家族が納得いかなかったんじゃないの?」

 オレ自身がどう思われていたかのは、この際どうでもよい。フォリーの家族がどう思ったか、そこが気にかかる。

「それは伝えていなかったわね」

「おいおい母さん……」

「細かい説明は手紙の方を読んでね。――結論だけ言えば、あの一家は全て知っていて、問題はなかったのよ」

「いや、それでも他の村人が……ってもういいや」

 結果的に、オレはフォリーにフラレて一緒に帰ってくることはなかったのだ。であれば、架空のことを真剣に考えても仕方ない。こんなことに頭を使うのは馬鹿げてる。

「取り敢えず、キャンディッドの出自に関しては、納得はできないけど理解はしたよ。他は母さんからもらった文章で補完するから」

「そう。――それなら、私の方から少し良いかしら?」

「ん、なに?」

「私が貴方に伝えたことは、手紙に書いておいたことをそのまま語ったの。私の推測塗れの内容のものよ。でもね、クラージュの話を聞いて、ほぼ確定だと思えたことがあるの」

「それは気になるな」

 手紙で確認できることはそれで良しとして、新たに母が気付いた話であれば、今すぐ聞いておきたいと思ったのだ。

「クラージュがまだこの村にいた頃、ラフィーネが大怪我をしたのは、さっきの件もあるから覚えていると思うけど……」

「暴行の件は初耳だったけど、姉ちゃんに生死の境を彷徨わせてしまったことが切っ掛けで、オレは強くなりたかったからね。あのことはしっかり覚えてるよ」

 俺が弱いから姉に守られた。結果的に姉の命は助かったが、姉はオレの所為で死にかけたんだ。
 だから俺は誓った。強くなって姉を一生守ると。

「あの大怪我のとき、クラージュは自分が何をしたか覚えてる?」

「ああ、回復士の婆さんが取り敢えず傷を塞いでくれたけど、出血が多過ぎてどうにもできないとか言い出したんだよね。だからオレは自分の掌を切って、流れ出る血を姉ちゃんに与えた。正しいやり方とか分からなかったけど、それで姉ちゃんが助かった」

 あのときのオレはとにかく必死で、姉の血が足りないなら自分の血を分け与えるしかないと思い、姉に馬乗りになって傷口の左肩に俺の掌を当て、『自分の血が無くなってもいいから、姉ちゃんに血を……』って必死だったのは覚えている。

「そうね、貴方のお陰でラフィーネは助かったわ」

 やはり母の認識もオレと同じだったようだ。

「あのとき、クラージュの掌から不思議な光が漏れていたでしょ?」

「あぁ~、何か、目の前が明るくなった記憶はあるね」

「『当時はもしかして?』くらいの認識だったのだけれど、今なら分かるわ。あれは貴方の持つ天帝の血が起こした奇跡……だと思うの」

「……えっ?」

 確かにオレは天帝の息子で、『特別な力』とやらを持っている可能性がある、と母は言っていた。でも、なんか説明と違う気がする。

「厳密には、天帝の子に稀に発現するという『特別な力』は、二十歳を過ぎて覚醒すれば使える力なの」

「だったら、あのときのオレにそんな力はなかったはずだよね?」

 そうだ、説明で母は、『特別な力』というのは二十歳を過ぎてから発現する、と言っていた。だから違和感があったのだ。

「そうね。でもクラージュ、あの事件の後から貴方、毎日・・していた夢精をしなくなったでしょ?」

「うっ……」

 何故それを母が知っているのだ。何だか恥ずかしいぞ。

「隠しても無駄よ。私は貴方の母なのだから、それくらい分かるのよ」

「……確かにそれ以降、日課の夢精は・・・・・・しなくなった」

 恥ずかし過ぎて、もうどうでも良くなってきた。

「そこで天帝の血の話なのだけれど、今回も要点だけ伝えるから、しっかり聞いてね」

「分かった」

 体はバカみたいに大きくなったオレだが、チビガリだった頃のように素直に返事をすると、母が語りだした。

「天帝の血というのは、特別な力が受け継がれる可能性があるのだけれど、あくまで可能性であって、確実ではないの」

 母は噛んで含めるように優しく語ってくれる。

「それでも、若い頃に発現する力もあるのよ」

「もしかして、精通が関係してる?」

「その通りよ。――天帝の血、と言うより、『特別な力』は必ず発現するわけではないの。でも、誰も発現しなければ、何れは廃れてしまうわ。そうならないように……だと思うのだけれど、若いうちに精通し、少しでも多くの子を残そうという原理と言うか本能なのでしょう。まぁ、数撃ちゃ当たるって考えなのかもしれないわね」

 よく分からないが、母に言われるとそうだと思ってしまう自分がいる。

「ただ、これには問題があるの」

「どんな問題?」

「十歳になる前までに精通すれば、ほぼ二十歳で覚醒はするの。でもね、覚醒する力に個人差があるのよ」

「う~ん、それって下手すると、小さな覚醒しかできない……言い方が悪いけど、低能な人が多くの子を残してしまう危険性がある、ってこと?」

「あら、よく分かったわね」

 ん? もしかしてオレは馬鹿にされてる? いや、子ども扱いしているだけか。

「でもそれは、次代の天帝に関するお話だから今はいいの。――それより、クラージュが若い頃に唯一発現せられる力を失ったことが問題なのよ」

「ああ、確かに。毎日当然のようにしていた夢精をしなくなったのは、その力が失われたってことになるんだね」

「そうよ」

「でも何で失われたん……もしかして、姉ちゃんに関係してる?!」

 ぼんやり疑問を口にしていると、オレは一つの可能性に気付いた。

「本来ならありえないのだけれど、クラージュの生殖力が何らかの力により、ラフィーネを救う力に変わった……と私は思っていたの。でも今は、ほぼ確実な気がしているわ」

「言われてみると、そうかもしれない……」

 オレの日課であった、毎朝の夢精の処理・・・・・・・・が終わりを告げたのは、それこそあの日が境になっていた気がする。
 いや、それどころか、姉に馬乗りになって必死な最中に、イチモツが萎えたことをオレは覚えているのだ。

 あれ? オレってば良くそんなことを覚えてたな。

 軽く気が逸れたオレは、真面目な話し合い中であることを思い出し、会話に集中することにした。
 きっと、これからが本題なのだろうから。
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