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2章 我が家

オレは母との話し合いを思い出す 1

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 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 母から『キャンディッドが何故オレの娘なのか』などを聞くことになった際、彼女は「一つだけ先に聞かせて」と言ってきた。それが――

「フォリーはどうしたの? 今日は実家に帰ったの?」

 ――だった。
 一番されたくない質問をされてしまったが、オレとフォリーは婚約して一緒に村を出たのだ、母が気にするのも当然だろう。そして、隠し通すべきことでもない。
 しかし、フォリーのことだけを説明するのは少々面倒だったため、どうせ後で聞かれるのだからと、オレは自分がこの十五年間をどう過ごしたのかを、先に全て説明することにした。

 ◇

「貴方色々と大変だったのね」

 オレの十五年間の話を聞いた母の第一声はそれだった。
 自分のことばかり考えて好き勝手していたオレは、母が貴方と言ったことで、家族も大変だったのだと思い知る。

「まさかフォリーが、貴方や家族、この村まで捨ててしまうとは……」

「…………」

 できれば触れられたくない話題だが、母がいの一番に質問してきた内容だ、触れないわけがなかった。
 そして、母たちに苦労をさせていたであろうことに気付き、後悔の念に駆られる今のオレはすぐに反応できなかったが、できるだけ平常心を心掛けて口を開く。

「オレも村を出て、広い世界に身を投じ、知らないことを沢山知ったよ。だから、それも仕方のないことなのかもしれない……ね」

 別段、フォリーを庇いたかったわけではない。オレも村を出て確かに変わった。その自覚があるからこそ、大きな世界を見てしまうと人は変わるのだ、と肯定したかった……のかもしれない。

「それならそれで、意固地にならずに冒険者になった時点で、素直に帰ってくれば良かったのに」

当時・・のオレは、本当に姉ちゃんを守れる強い男になることが全てだったから、どんな理由であれ、それを覆して帰ることはできなかったんだ。――まぁ、他人からすればちっぽけかもしれないけれど、オレにとっては譲れない大きな目標だったからね」

「そんなことないわ。とても立派な志よ」

「……ありがとう」

 偉そうなことを言ってみたが、オレは志半ばでその目標を捨ててしまったのだ。それを聞いた後でも、母はオレを立派だと言ってくれた。
 悔しさや虚しさもあるが、母の言葉はやはり嬉しい。

 それから暫く、オレの話した十五年に対し、母があれやこれやと質問してくる。特に、オレが成長期を迎えた十八歳を過ぎてからの質問が多かったように思う。
 オレとしても、惨めだった成長期前の話をさせられるより、明確な目的もなく何となく生活していたが、体が成長してそれなりに活動できていた十八歳以降の方が話し易かったのもあり、それは有難かった。

「クラージュのことをもっと聞きたいのだけれど、キャンディッドをあまり長い間一人で放っておくのも可愛そうだし、そろそろ私の方の話をしないといけないわよね」

 自分語りをしていたオレは、すっかり自分のことばかり考えてしまっていたが、そもそもキャンディッドのことを聞くのが目的だったのだ。更に言えば、彼女が放っておかれているなど、オレは全く考えていなかった。
 むしろ、なぜあの少女は一人なのだろうか、と疑問に思う。
 大体にして、キャンディッドの母でありオレの姉であるラフィーネがいるはずだ。オレはまだ姉と再会していないが、彼女が自分の娘の面倒を見ているはずなのだが……。

「母さん、キャンディッドの面倒は、姉ちゃんが見てるんじゃないの?」

「ああ、それも含めて説明するわ」

「えっ、説明が必要なの?」

「取り敢えず、ラフィーネはここにいないわ。理由も説明するから、それを前提で聞いてちょうだい」

「あーそう、分かった」

 買い物に行くような時間でもないしどうしたんだろう、という程度にオレは軽く考えていた。

「ちょっと面倒で複雑は話だから、要点を掻い摘んで話すわ。質問は全部聞き終わってからにしてね」

 笑顔が標準装備のような母が、キリッとした顔をしているのだ、これは真剣に聞かなくてはならない、とオレは感じ、真剣な声で「分かった」と答えたのだ。
 すると、母は一つ頷くと語り始める。

 ◇

「取り敢えずこんなこんな感じよ」

「…………」

 母の話しを聞いた直後、オレは何の反応もできなかった。

「私は少しキャンディッドの様子を見てくるわ」

「あ、ああ……」

 聞かされた内容が濃密過ぎて混乱するオレに、母は気を遣ってくれたのだろう、席を外してくれたのだ。
 せっかくなので、オレはこの時間に頭の中を整理することにした。何故なら――

『クラージュの父親は、このクラシーク天帝国の現天帝様なの。まぁ、庶子だから公言することは許されていないのだけれどね』

 ――そんな訳の分からない言葉から、母の語りは始まったのだ。オレとしては、初っ端から意味不明過ぎていきなり頭の中が大混乱だった。
 一先ず冷めたお茶を口に含み、ゆっくり嚥下しながら気持ちを落ち着かせてみる。

「うん、少しは落ち着いたぞ」

 自分に言い聞かせるように言葉にしたオレは、両腕を組み双眸を伏せた。


 どれくらいの時間そうしていたのだろうか、思考の海に潜りこんでいたオレの肩を、母がゆっくりと揺すったことで、意識を現実に戻す。
 最初に目に映ったのは、心配そうな表情の母の顔であったが、オレが瞼を持ち上げたことで、母はひと安心したらしい。すぐにいつもの笑顔に戻っていた。
 だが、オレとしてはまだ分からないことも多い。それでもそれなりに整理できたことで、オレも笑みを返してみる。

「少しは整理できた?」

 定位置であるソファーに腰を下ろした母は、落ち着いた声で問いかけてきた。

「まだ完全ではないし、要点だけでは分からない部分もあったから、少し質問させてもらうよ」

「それなら……」

 母はそう言うと、もぞもぞと何やら取り出し、オレに手渡してくれた。

「これは私がクラージュに向けて書いた、手紙の入った封書よ」

「封書?」

「クラージュが全然戻ってこないから、私に何かあったときのために、先ほど話した内容を書き留めておいたの。それも事細かに書いておいたから、大概のことであればそれを読めば分かるはずよ」

「それは助かる」

 十五年も帰ってこない息子のために、こんな物まで用意していてくれたのか。本当に有り難い。

「じゃあ、これを読んでも細かい疑問が解消できなければ再度質問するから、取り敢えずオレが特に・・疑問に思っていることだけ確認したい」

「分かったわ」

「まず、オレは天帝の子で、『特別な力』を持っている可能性があるってことだよね?」

「そうそう。それはクラージュが初めて夢精した日に可能性を感じて、あくまで可能性がある前提で話したのだけれど、クラージュの話を聞いた限り、可能性ではなく確実に受け継いでいるわね」

「あっ、そうなんだ」

 まぁ、天帝の血を引いた者の中に稀に発現する『特別な力』の条件、ってのがオレに当て嵌まってたから、もしかしたら……と思ったけど。
 それより、初めて夢精した日とか、随分と嫌なことを言うな。
 って、思い出しちゃったよ……。

 初めて夢精して、隠し事はいけないと思って母に告げたとき、例の女性に対する接し方を教わったんだよな――

『貴方は精通をしたから、もう子どもを作れる体になったのよ』

『女性に触れたり、ましてや抱きしめたりしたら子どもができてしまうから、絶対に自分から女性に触れては駄目よ』

『女性から触れてきても、極力距離を取りなさい』

 ――ってやつだ。

 そういえば、あの日から毎朝必ず夢精して、起きたら股を洗って下着を取り替えるのが日課になってたよな……って、これはどうでもいい記憶だ。

 そんなことより、当時の母のあの表情……。遠い昔のことなのに、あのとき母が物悲しそうな顔をしていたのを、なぜか今でも鮮明に思い出せる。
 オレの精通がもっと遅ければ、『特別な力』を持たない単に発育の遅い子どもだったはずが、『特別な力』の素養を持つ可能性があると分かり、母は何らかの感情を抱いたのだろう。だからあんな表情をしたのだ。

 それと、母から教わった女性に対する接し方。あれは、俺にとってトラウマとなっていた。
 律儀に言いつけを守った挙げ句、俺は当時婚約者であったフォリーとの接触を避け、フラれた一つの要因にもなっていたのだ。
 それがなくても、チビガリで全く強くなれなかったのだから、結果的にフラれる運命は変わらなかっただろう。だが、それでもトラウマであることに違いはない。
 それに、フォリーに限らず女性に対してずっと距離を置いていた所為で、女性に嫌悪感とまではいわないが、ガッチリ苦手意識があるのだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「苦い顔をして、どうしたの?」

「……あ、いや、なんでもない」

 夕食の支度ができたようで、母はオレを呼びにきてくれたようだ。
 オレは母との遣り取りを思い出し、自分自身の嫌な・・記憶まで思い出してしまい、少々苦い気持ちになっているときだったので、変な顔をしてしまっていたらい。

 取り敢えず考えるのは後に回して、今はを含めた家族の団欒を優先するとしよう。
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