青い魔法使いと呼ばれた薬師の話

白槻

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薬づくりの代償

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「おや、帰ってきたんですか」

 村長は帰ってきた柊見て素っ頓狂な声を出した。まるで帰らないと思っていたような口振りだ。

「戻ってくる約束でした。魔法使い殿はどちらに?」 

 柊は乗ってきた馬から飛び降りると、労るように馬の鼻先を撫でてやりつつ村長達に話しかけた。王都からの国の辺境であるビーンズまで、往復にしてかなりの距離であった。途中の街で休みながら来たとはいえ、馬には負担をかけてしまった。

「相変わらず森の中ですが……。そろそろ出て来ないと食料も尽きてしまう。もしや一人で具合を悪くしているんじゃないかと気が気でなはなくて、」
「俺達にはあの森は入れないからなぁ」

 男達は青い森へと視線を送りながら、困ったなァとため息をついた。

「心配だが、俺達が入れば狼の餌だ。出てくるのを待つしかない」

 あの森に人は入れない。それに、月斗は具合の悪い時ほど森に籠もってしまい、姿を見せないのだと言う。

「野生の獣のようでしょう」
「しかしっ、」

 魔法使いとはいえ、それは人が与えた呼び名に過ぎないはずだ。人ならば、疲労の溜まったときや具合の悪いときには人の手が必須だ。

「なにか森に入る手段はないのですか」

 何か、月斗だけが狼に襲われない理由が有るはずだ。少なくとも、月斗には決まって通る道が存在するはずだ。そうでなければ、開けた村の中と違い昼間も暗い森の中を迷わず歩き回れるはずがない。きっと狼の近づかない決められた道がある。他にも狼の嫌う匂いがだとか。

「そうだ……、魔法使い殿がさせている花の香。あれが狼よけになっているんじゃ」  

 月斗はいつも濃い花の香をさせていた。甘く爽やかな花の香。

「可能性はなくはないけど、あの森に入るなんて命懸けだぜ」
「あの人は弟の命の恩人だ。俺が会いに行って来ます」

 柊は村中に咲く草花に鼻先を近づけて匂いを嗅ぐが、月斗から香る匂いと同じものは見つけられなかった。それでも何もないよりは良いだろうと、花を積んで麻の袋に詰め、剣と共に腰に下げた。

 村の奥、青い森へと向かえば、柊は目当てのものを見つけた。やはりあった。

 暗い森の中に、それ自体が輝くように白い光を放つ石が落ちていた。それは等間隔に並んで森の中に続いていた。それは人である月斗が森の中で迷わないための目印に違いなかった。森の中で、その石の周りは踏み締められた跡があった。柊はその白い石を辿って歩いてゆく。道すがら、時折驚くほど巨大な狼に出くわした。その狼は柊を警戒する様子も、威嚇することもなかった。不思議そうにコテン、と首輪を傾げ、ただ眺めていた。

 そして木々に埋もれるようにして建つ、石造りの家を見つけた。戸は閉まっていだが鍵は掛かっていなかった。開けてから気がつく。この戸には初めから鍵が存在しないのだ。鍵も呼び鈴もない。誰もこの家に来ることがないからだ。

「青の魔法使い殿、柊です。柊·アストラルフィールです」

 呼びかけても答える声は無かった。だが確かに人の気配はした。

「魔法使い殿、……月斗さん!」

 石造りの家は平屋で、戸を開けてすぐは土間になっていた。そこには背の高い作業台があり青い花が広げて陰干しされていた。その花の香こそ、月斗いつもさせていた香りだった。
 その先に玄関があり板張りの床になっていた。そこにはリビングと広い作業場になっていた。青の魔法使いのアトリエだ……。  

 何気なく見回した先で、床に投げ出される白い腕を見た。まさかと駆け寄れば、玉の汗をかいた魔法使いが倒れていた。薄い唇からは苦しげな息が溢れる。

「ま、魔法使い殿っ!!?」
「……柊。なん、で、ここに」
「貴方に会いに来たのです」
「そん、なの……。狼、が……」

 月斗は浅い呼吸の中夢現のように喋った。

「無理に喋らないでください。部屋に運びます」

 抱え上げた体は驚くほど軽く熱い。部屋の奥にはベッドと古びた本棚があった。そこに痩せてやつれた体をそっと下ろす。

「水は何方に?」
「外に、井戸が……ある、けど、出ないほうがいい」

 途切れ途切れに発せられる声は熱く、甘く掠れていた。

「外ですね」
「ひいらぎっ」

 呼び止めようする月斗に構わず、柊は家の外に出た。井戸は家の裏手にあった。柊が水を汲んでいると、すぐ横で物音がした。振り返ったときに長身の柊を凌ぐ大きさの狼が真後ろに座っていた。

 ひゅっと喉が鳴った。これは、本当に狼なのだろうか……。こんなにも巨大で、その瞳には確かに知性があった。狼は口に加えていた果実のようなものを柊の足元においた。

「これを魔法使い殿に……?」

 まさかと問いかければ、狼はゆっくりと頷いた。ふさふさの長い尻尾を揺らめかけると、のっそりと立ち上がって柊に背を向ける。森の奥に消えようとしたとき、不意に狼は振り返った。その側で無数の赤い光が輝いた。一瞬なんであるか解らず、気がついたときには恐怖で脚が震えた。無数の赤い瞳が柊を凝視していたのだ。巨大な狼の群れだ。……恐らく、自分はあの白い石の道を少しでも外れていれば、彼らに喰い殺されていたのだろう。


 井戸から汲んだ水は驚くほど冷たく澄んでいた。その水で手縫いを絞り、月斗の汗を拭った。水差しにたっぷりと水をくみ、抱え起こして飲ませる。

「なぜこんな事に……。具合が悪いなら村の中にいたほうが」

 その一言が月斗の目を覚まさせてしまった。ガバっと薄い上体を起こした。布団を握りしめた両手が血の気を失って白い。

「俺はっ、人じゃない……。村にいてはっ……、一切の薬が、俺には、効かな、」

 魔法使いは息も絶え絶え、それでも血を吐くような声で捲し立てた。更に呼吸が早くなる。

「分かりました。すみませんでした。どうぞ楽になさってください」

 話しかけた事が間違いだったと思っても、もう遅い。魔法使いは普段の超然とした様子を投げ出して、熱に魘されたように、苦しい息の中で無理に話そうとする。

「俺が、村にいては……、みんながっ」
「落ち着いて休んでください」
「俺、はっ!」
「月斗さんっ」
 
 気がつけば、その薄い唇に口吻ていた。自分でも何故そんな真似をしたのか分からなかった。だが放っておけば過呼吸でも起こしそうだった。口づけたまま、薄い背中をそっと擦る。次第に肩から力が抜けて、不規則な呼吸が落ち着くと、月斗はまた唐突に意識を手放した。

 薬作りが月斗の負担になった。彼がここまで衰弱したのは自分のせいだ。

「すみませんでした」

 やつれた寝顔にそっと謝った。自分は何も知らないまま、自分の不幸ばかりを見せびらかし、月斗に薬作りを強いてしまった。

「貴方は俺の弟を救ってくれた、」

 自分には月斗のように何を救う力はない。けれど、もし自分でも月斗の力になれることがあるのなら……。









 


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