後宮の暗殺者～殺すつもりで来たのに溺愛されています～

九、任務遂行

十八

「なに……、なんだというのっ、私を殺して、お前になんの得がっ？　陛下がお前を雇ったなら、私がそれ以上の値段を払えば言うことを聞くのではないのっ？　まさか凛玲を殺めた復讐だとでも？　散々他の者を殺めてきたお前たちが！？」
「私はもう、自分を消耗するような使い方はしない、変えたのよ、報酬を……金なんていらない、あのお方の愛さえあれば」

　美雨は青い顔で後退りし、翠玉から逃げようと走り出した。

「お命、頂戴」

　翠玉は刹那のうちに移動すると、美雨の背中に揃えた指を突き立てた。

「ぐうぅ……！！」

　美雨は蛙が潰された時のような声を上げた。
　翠玉の指はつけ根まで美雨の背に埋まった。
　そしてゆっくり引き抜くと、裂けたはずの皮膚と、破れたはずの衣がすーっとくっつき元に戻る。
　刀で大根を斬った後、また繊維と繊維が繋がり、一つに戻るのと同じ原理だ。
　違うのは、元に戻るのは外側だけで、中身は裂けたままだということ。

「あなたは私が初めて、自分の意思で殺したいと思った相手だから、とっておきを使ってあげたわ、ものすごく苦しむ死に方だけど、なに一つ証拠が残らない素敵な技なの」

　美雨は寝台にうつ伏せに倒れた。
　肺に稲妻が走るような激痛に襲われながら、ぐうぅ、ぐうぅと、もがき苦しみ、のたうち回る。

「……ったしは、わるく、ないっ、わるぐ、ないっ、うんらん、うん、らんんぐ、うぅ」

　朦朧とする意識の中で、美雨は雲嵐の顔を思い浮かべ、手を伸ばした。
　しかし、その手を取る者はない。
　代わりに翠玉は寝台に片膝をつくと、瞳孔の開き始めた美雨に顔を近づけた。

「そうそう、雲嵐から伝言よ……権力以外、なんの取り柄もない年増女……ですって」

　翠玉の悪魔の囁きは、美雨を地獄に落とした。
　薄々気づいていた、気づかないふりをしていた。結局私は誰の特別にもなれなかったのだと……美雨は愛されない己を自覚しながら果てていった。