102 / 113
九、任務遂行
十二
しおりを挟む
その頃、美雨は三階の自室で、化粧台の前に座り、髪を梳かしていた。
化粧台には、上等な化粧水と保湿液、髪用の美容液などが並んでいる。
雲嵐と関係を持つようになってから、美雨はやたらと見た目を気にするようになった。
美雨は化粧台に櫛を置くと、鏡に顔を近づけ、肌の具合を確認する。
お風呂上がりの白い衣姿で、美容に時間をかけるのが、美雨の日課であった。
美雨の実家は、昔から楊国の政に関わってきた名門だ。
そのため美雨は、十五歳の時に、当時皇太子であった紅家の暁嵐に嫁いできた。
家同士が決めた結婚だったが、美雨に特に抵抗感はなかった。美雨の母や祖母も政略結婚だったため、自分もいずれそうするのだろうと、小さい頃からわかっていたからだ。
そんな美雨を、暁嵐は快く迎えた。
『これからよろしく頼む、親が決めた結婚ではあるが、仲良くやっていきたい』
真紅の髪と瞳、太陽の化身と呼ばれる彼は、美雨に頭を下げると、明るく笑って言った。
炎のような情熱と、陽だまりのような温かさを持ち合わせた暁嵐に、美雨はすぐに恋をした。
しかし、暁嵐は特別に美雨を愛することはなかった。
皇帝になり、暁嵐のために後宮が一新されると、さらに美雨との時間は減り、お飾りの皇后となった。
暁嵐が悪いわけではない。ただ、暁嵐はどこまでいっても皇帝であり、男になることはなかった。
暁嵐にとっては、皇后も皇妃も、自分の子を産んでくれる大切な存在だ。平等に与える寵は広く浅く、決して深くはならない。
そうして紅の血筋を絶やさぬよう、世継ぎを作る行為は、公務の一環としてこなされていった。
国の主として立派な夫に、美雨の心の隙間はどんどん広がっていった。
そんな時だった。ある慰労会の帰り、美雨が雲嵐に声をかけられたのは。
『美雨様、大丈夫ですか? お元気がないようですが』
皇族が列をなす中で、そっと近づいた雲嵐が、美雨にだけ聞こえるように言った。皇后ではなく、わざわざ美雨と名を呼んで。
涼しげな目元が優しく細まり、黒子のある口元が穏やかに微笑んだ。
あの時の雲嵐を、美雨は昨日のことのように思い出す。
それから雲嵐に手紙をもらい、華殿で会ってからというもの、堕ちるのは早かった。
まるで急な坂道を転がるように、二度と戻れない甘美な沼底に陥落した。
化粧台には、上等な化粧水と保湿液、髪用の美容液などが並んでいる。
雲嵐と関係を持つようになってから、美雨はやたらと見た目を気にするようになった。
美雨は化粧台に櫛を置くと、鏡に顔を近づけ、肌の具合を確認する。
お風呂上がりの白い衣姿で、美容に時間をかけるのが、美雨の日課であった。
美雨の実家は、昔から楊国の政に関わってきた名門だ。
そのため美雨は、十五歳の時に、当時皇太子であった紅家の暁嵐に嫁いできた。
家同士が決めた結婚だったが、美雨に特に抵抗感はなかった。美雨の母や祖母も政略結婚だったため、自分もいずれそうするのだろうと、小さい頃からわかっていたからだ。
そんな美雨を、暁嵐は快く迎えた。
『これからよろしく頼む、親が決めた結婚ではあるが、仲良くやっていきたい』
真紅の髪と瞳、太陽の化身と呼ばれる彼は、美雨に頭を下げると、明るく笑って言った。
炎のような情熱と、陽だまりのような温かさを持ち合わせた暁嵐に、美雨はすぐに恋をした。
しかし、暁嵐は特別に美雨を愛することはなかった。
皇帝になり、暁嵐のために後宮が一新されると、さらに美雨との時間は減り、お飾りの皇后となった。
暁嵐が悪いわけではない。ただ、暁嵐はどこまでいっても皇帝であり、男になることはなかった。
暁嵐にとっては、皇后も皇妃も、自分の子を産んでくれる大切な存在だ。平等に与える寵は広く浅く、決して深くはならない。
そうして紅の血筋を絶やさぬよう、世継ぎを作る行為は、公務の一環としてこなされていった。
国の主として立派な夫に、美雨の心の隙間はどんどん広がっていった。
そんな時だった。ある慰労会の帰り、美雨が雲嵐に声をかけられたのは。
『美雨様、大丈夫ですか? お元気がないようですが』
皇族が列をなす中で、そっと近づいた雲嵐が、美雨にだけ聞こえるように言った。皇后ではなく、わざわざ美雨と名を呼んで。
涼しげな目元が優しく細まり、黒子のある口元が穏やかに微笑んだ。
あの時の雲嵐を、美雨は昨日のことのように思い出す。
それから雲嵐に手紙をもらい、華殿で会ってからというもの、堕ちるのは早かった。
まるで急な坂道を転がるように、二度と戻れない甘美な沼底に陥落した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる