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九、任務遂行
九
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「今宵は、兄上は参られなかったのですか?」
「体調が優れないと、お断りしたのです」
「なるほど……それなのに私のところに参られて……いけないお人だ」
雲嵐は含み笑いをしながら、自ら酒の瓶を開けた。
「雲嵐様ほどではありませんわ、今まで一体、どれほどの皇妃を惑わせてきたのです」
「それほどでもありませんよ、私は女性の好みにはうるさいので……しかも、近年、私が目をかけた皇妃が次々と亡くなりましてね、つまらぬ思いをしていたのです」
雲嵐は酒瓶を傾け、翠玉の分の盃に酒を注ぐ。
皇帝の弟が皇妃に酒を注ぐなど、普通はあり得ないが、雲嵐は気に入った女と楽しい夜を過ごすためなら、気遣いもする。
この雲嵐の優しさとも取れる振る舞いが、女たちをさらに夢中にさせるのだ。
「それは……まるで寂しい女の呪いのようでございますね」
「まさか、私は感謝されることはあっても、恨まれるようなことはしていませんよ、これは人助けなのですから」
「人助け?」
「ええ、そうです、後宮には皇帝一人のために千人もの女が存在します。閉鎖された空間で、花盛りの時を過ごし、待てども来ない相手を想う。その途方のない寂しさを、紛らわす男が一人くらいいてもよいでしょう」
雲嵐は自身の盃も満たすと、酒の瓶を机に置いた。
とんだ詭弁だと翠玉は思う。
それでも、孤独な皇妃たちからすれば、縋りたくなったのかもしれない。
「確かに……人肌恋しい時に、雲嵐様のようなお方に声をかけられたら、靡かない女はいないでしょうね」
「ですが、翠風殿は違う、あなたは兄上を待たない、待たずとも与えられる、特別な皇妃です、かつて私の興味をここまで引いた人はいない」
「あら、そんなこと……皇后様に申し訳ありませんわ」
雲嵐が盃に手を伸ばした時、すっと翠玉が立ち上がった。
その台詞に、雲嵐は少し動きを止めた。
「なぜ、皇后――」
翠玉に視線を戻した雲嵐は、目を見開き言葉を切った。
雲嵐は胡座の状態で、ゆっくりと視線を持ち上げてゆく。翠玉の白い肌を滑るように。
そして目が合った瞬間、翠玉は雲嵐に勢いよく抱きついた。
その弾みで、雲嵐は後ろにあった布団に背中から倒れ込んだ。
雲嵐の手から離れた盃が、床を濡らして転がった。
「ずいぶん、大胆ですね」
一糸纏わぬ姿の翠玉に押し倒された雲嵐は、感嘆の息を漏らしながら言った。
「雲嵐様の寝所に入るんですもの、安全な身を証明するのは当然でしょう、私が武器などを持っていたらどうするつもりだったのです、例えば、そう……もしも私が、暗殺者であったなら――」
間近で見つめ合う二人。僅かな間が訪れた後、雲嵐は突然、堰を切ったように笑い出した。
その豪快に笑う声だけは、どことなく暁嵐に似ていた。
「体調が優れないと、お断りしたのです」
「なるほど……それなのに私のところに参られて……いけないお人だ」
雲嵐は含み笑いをしながら、自ら酒の瓶を開けた。
「雲嵐様ほどではありませんわ、今まで一体、どれほどの皇妃を惑わせてきたのです」
「それほどでもありませんよ、私は女性の好みにはうるさいので……しかも、近年、私が目をかけた皇妃が次々と亡くなりましてね、つまらぬ思いをしていたのです」
雲嵐は酒瓶を傾け、翠玉の分の盃に酒を注ぐ。
皇帝の弟が皇妃に酒を注ぐなど、普通はあり得ないが、雲嵐は気に入った女と楽しい夜を過ごすためなら、気遣いもする。
この雲嵐の優しさとも取れる振る舞いが、女たちをさらに夢中にさせるのだ。
「それは……まるで寂しい女の呪いのようでございますね」
「まさか、私は感謝されることはあっても、恨まれるようなことはしていませんよ、これは人助けなのですから」
「人助け?」
「ええ、そうです、後宮には皇帝一人のために千人もの女が存在します。閉鎖された空間で、花盛りの時を過ごし、待てども来ない相手を想う。その途方のない寂しさを、紛らわす男が一人くらいいてもよいでしょう」
雲嵐は自身の盃も満たすと、酒の瓶を机に置いた。
とんだ詭弁だと翠玉は思う。
それでも、孤独な皇妃たちからすれば、縋りたくなったのかもしれない。
「確かに……人肌恋しい時に、雲嵐様のようなお方に声をかけられたら、靡かない女はいないでしょうね」
「ですが、翠風殿は違う、あなたは兄上を待たない、待たずとも与えられる、特別な皇妃です、かつて私の興味をここまで引いた人はいない」
「あら、そんなこと……皇后様に申し訳ありませんわ」
雲嵐が盃に手を伸ばした時、すっと翠玉が立ち上がった。
その台詞に、雲嵐は少し動きを止めた。
「なぜ、皇后――」
翠玉に視線を戻した雲嵐は、目を見開き言葉を切った。
雲嵐は胡座の状態で、ゆっくりと視線を持ち上げてゆく。翠玉の白い肌を滑るように。
そして目が合った瞬間、翠玉は雲嵐に勢いよく抱きついた。
その弾みで、雲嵐は後ろにあった布団に背中から倒れ込んだ。
雲嵐の手から離れた盃が、床を濡らして転がった。
「ずいぶん、大胆ですね」
一糸纏わぬ姿の翠玉に押し倒された雲嵐は、感嘆の息を漏らしながら言った。
「雲嵐様の寝所に入るんですもの、安全な身を証明するのは当然でしょう、私が武器などを持っていたらどうするつもりだったのです、例えば、そう……もしも私が、暗殺者であったなら――」
間近で見つめ合う二人。僅かな間が訪れた後、雲嵐は突然、堰を切ったように笑い出した。
その豪快に笑う声だけは、どことなく暁嵐に似ていた。
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