後宮の暗殺者~殺すつもりで来たのに溺愛されています~

碧野葉菜

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九、任務遂行

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「名を」
「翠風でございます」

 予想通りの声が聞こえると、翠玉はすぐに返事をした。
 すると、木造の板……出入り口を塞いでいた蓋が、カチャリと音を立てた後に開かれる。
 鍵がかかっているのだ、迎えるか迎えないか、あくまで選択権は彼にある。

「翠風殿、よくぞ来られました」

 雲嵐は四角い出入り口から顔を覗かせると、にこやかに言いながら手を差し伸べた。
 翠玉はその手を取ると、ゆっくりと階段を上がる。
 徐々に明らかになる翠玉の姿を見ると、雲嵐はすぐにその変化に気づいた。
 
「……おや、いつもと雰囲気が違いますね」

 翠玉は高い位置で髪を束ね、身体に添う形の黒い衣を着ていた。裾が広がった透け感のある、神秘的な衣装だ。

「ふふ、今日は特別な夜ですから」
「それは嬉しいですね」

 それをいい意味で解釈した雲嵐は、上機嫌で翠玉を部屋に招き入れた。
 階段を上りきり、翠玉が足を踏み入れた場所は、広々とした寝室だった。
 すぐそばに布団が敷かれ、その向こう側に低い机と座布団が置いてある。
 それより先は格子で仕切られているため、部屋の全貌は明らかではない。

「さあ、どうぞこちらへ」

 優しく導くように、翠玉の手を引く、雲嵐は寝巻き用の白い衣に、濃い紫の上着を羽織っていた。
 
「なるほど、こんなふうになっていたのですね、まさに秘密の場所ですわ」
「ええ、私が気に入った皇妃しか知らぬ、隠し通路ですよ」

 後宮の井戸から直接、一階の雲嵐の部屋に繋がっているのだ。これでは誰にも見つからなくて当然だ。
 しかしこの上の階には、上皇や他の兄弟、皇太子たちも住んでいるというのに、なんとも大胆だ。
 翠玉が雲嵐に案内されたのは、低い机の前だった。
 そこには酒の瓶と、硝子の盃が二つ置いてある。

「私もこの日を待ち侘びていたので、ようやく特別な酒を開けることができます」

 雲嵐は翠玉がいつ来てもいいように、夜になると高価な酒を用意して待っていた。
 わざわざ来客の証拠を残すようなことをする雲嵐を、翠玉は煩わしく感じながらも、奥の座布団に腰を下ろす。
 雲嵐は布団に近い方の座布団に座り、翠玉と隣り合う形になった。
 さすが女慣れしているだけあって、会った途端に襲うようなことはしない。
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