後宮の暗殺者～殺すつもりで来たのに溺愛されています～

九、任務遂行

三

「あら、大胆ですのね……その後、土木の方たちは、どうしていらっしゃるのかしら」
「翠風殿は察しのよい方とお見受けしております……すべて言わずとも、おわかりでしょう」

　含みを込めて言う雲嵐に、翠玉は手伝いをした者たちの末路を悟った。
　雲嵐も相当な権力者だ、指示を出せば言うことを聞く臣下はいくらでもいるだろう。
　土木を生業にしている者など、雲嵐は同じ命だとは思っていない。
　
「皇帝の弟君ともあろうお方が……悪いお人」

　翠玉は手のひらを口元に添え、クスリと笑ってみせた。
　期待通りの反応をした翠玉に、雲嵐の黒子のある口元が、妖しく弧を描いた。

「翠風殿とは仲良くやっていけそうな気がします」

　雲嵐は翠玉の背に回していた手を、するりと移動させ、翠玉の頬に伸ばした。
　すると翠玉は、雲嵐の手をひらりとかわす。
　あっという間に距離を取った翠玉は、竜胆の花畑で雲嵐を振り返る。

「お楽しみは……後に取っておきましょう」

　舞うように逃げていった翠玉が、雲嵐には蝶に見えた。

「陛下が来られない夜……その時を、待ち侘びておりますわ」

　密やかな約束に、翠玉も雲嵐もそれぞれの思惑を胸に、期待を膨らませた。
　
　束の間の逢瀬が終わると、翠玉と雲嵐は華殿を出た。
　翠玉と雲嵐は隣に並び、その後ろを枕里と和が歩く。
　翠玉は後宮へ、雲嵐は銀色の城へ戻るため、旺玖院を進んでいく。
　すると、前方から歩いてくる人物が目に入った。
　金の龍の刺繍が入った真紅の衣姿の君主と、紺碧色の煌びやかな衣を着た妻。
　二人は隣り合い、白い玉砂利に囲まれた道を歩いている。
　その後ろには司馬宇と、青静の代わりに来た女官がついている。
　やはり美しくない女だ、青静の時と同じように、美雨が選んだのだろう。
　やがて翠玉と雲嵐の姿に気づくと、美雨は笑顔を消して足を止めた。
　せっかく皇后の顔で愛想笑いをしていたというのに、雲嵐が他の女と一緒のところを見て動揺したのだ。
　対する暁嵐の顔つきに変化はなかった。
　それもそのはず、暁嵐は翠玉と雲嵐に会うことを知っていたのだから。
　翠玉に頼まれたのだ。この時間帯、この辺りに美雨といてほしいと。
　そうすれば美雨の状態を、肌で感じることができると。
　もちろん、翠玉にとっては、これも復讐の一環ではあったが。