後宮の暗殺者～殺すつもりで来たのに溺愛されています～

八、戒めを解き放つ命令

十

「私は、あなた様を殺しません、この命ある限り、陛下に……暁嵐様にお仕えすることを誓います」

　翠玉は暁嵐の前に跪いた。
　私を上手く扱ってくださるのは、このお方しかいないと信じたのだ。
　だから翠玉は、忌々しい定めを口にする。

「私たち暗殺者には、戒めがあります、そのせいで、凛玲は依頼人を教えることができなかった、そして私は…………命令されなければ、人を殺めることが、できないのです」

　これが、翠玉の戒め。
　実行人は皆、標的以外を殺すことができないようになっている。
　幼少期から嫌と言うほど叩き込まれた、もし標的以外の人間を殺めた場合、どうなるのか、拷問で教え込まれたのだ。
　結果、標的以外の命を取りにかかると、拷問の記憶が呼び覚まされる、痛みに悶絶し、時に死に至る――そんなふうに彼女たちは作られているのだ。
　命令は文でも口頭でもいい。明確に誰を殺せという指示さえあれば、伝達でもかまわないのだ。でなければ、請負人と実行人の関係は成立しない。
　そして一度に複数からの依頼を受けることも不可。だから一つの任務が終わるまで、他の命令を聞くことはしない。　
　暁嵐は目を見張りながらも、なるほどと納得した。
　翠玉が襲撃した時、死人は一人も出ていなかった。
　それを暁嵐は、玄人の殺し屋の流儀だと思っていたが、まさかそんな戒めがあったとは……。
　まるで操り人形のように増産される暗殺者。暁嵐はそんな翠玉の境遇を哀れみ、慈しみ、そして愛した。
　
「……皇族の処罰は政に関わるゆえ、皇帝であっても容易くは行えん。ゆえに、内密に片付ける必要がある」

　雲が晴れる。月が出る。
　今宵、幻想的な夜空の下で、戒めを解き放つ命が下る。

「翠玉に命ずる、毒婦、美雨と、その元凶となった雲嵐を暗殺せよ」

　翠玉の身体に電気が走る。その衝動は内臓を伝い、やがて脳に到達した。

「――御意――」

　依頼人と標的が入れ替わる。
　前代未聞の暗殺劇が、ここに決した。