後宮の暗殺者～殺すつもりで来たのに溺愛されています～

八、戒めを解き放つ命令

四

「……なんと書いてあったのです？」
「恋文に無粋なことを聞くでない」
「恋文……」

　三白眼を細めて疑わしい表情をする司馬宇。
　あの翠玉が暁嵐に恋文なんて、しおらしいことをするとは、司馬宇には想像がつかなかった。
　暁嵐は白い封筒に便箋をしまうと、不適な笑みを浮かべ、司馬宇を見た。
　
「今宵、華殿に来てほしいと……愛しいおなごからの誘いじゃ、断る手はあるまい」

　どうやら恋文のような……招待状だったらしい。
　それでも上機嫌な暁嵐を見たところ、艶っぽい一文くらい添えてあったのだろう。

「では、私もご一緒します」
「お前はよい、必要であれば内容は後で伝える」

　申し出を一蹴された司馬宇は、少し考えたものの、すぐに仕方ないとあきらめた。

「承知いたしました」
「なんじゃ、ずいぶんあっさり引き下がるの、暗殺者と二人きりになるというのに」

　暁嵐はあえて翠玉のことを暗殺者と呼び、ニッと笑ってみせた。
　翠玉が暗殺者であることを知っているのは、標的だった暁嵐と、翠玉と戦った司馬宇だけだ。
　輿を運んでいた宦官は皆気を失っていたので、その間になにが起きていたかわかっていない。
　司馬宇は暁嵐から目を逸らすと、短く咳払いをした。
　
「……一応、友人ですので」

　表情に大した変化はないが、ずっと一緒にいる暁嵐にはわかる。
　何事にも冷酷なほど無表情で対応する司馬宇が、ほんの少し気まずそうにしているのが。
　司馬宇にも照れる、という感情があったのかと、暁嵐は内心驚いていた。
　翠玉との出会いによって、新たな一面が開花されたのは、暁嵐だけでなかったようだ。

「司馬宇をもたらし込むとは、さすがやりおる」
「ですが華殿まではおともいたします……他の者を通さぬよう、見張りが必要でございましょう……？」
「……ああ、そうじゃな、それがよい」

　その司馬宇の申し出には、すぐさま許可を出す暁嵐。
　いずれ誘おうと思っていた華殿に、翠玉から声がかかったのだ。
　暁嵐はこの時を待っていた。
　翠玉が、自ら動き、すべてを打ち明けてくれるのを――。

「さあ、翠風……ようやくお前の素顔が見れるかの……」

　暁嵐は天井に翳した手紙を見て呟いた。