82 / 113
八、戒めを解き放つ命令
二
しおりを挟む
「皇后様はいずれわたくしを捨てるつもりだったのだと、気づきました。わたくしは知りすぎたのです。雲嵐様との仲を取りもち、お二人が密会できる機会を作りました、皇后様が後宮にいた頃は、門番に賄賂を渡し、夜な夜な雲嵐様を皇后様の御殿に招き入れ、祭典の時は宴に乗じて人の目のつかない場所に誘導し、旺玖院に移られてからも、雲嵐様の部屋に渡られる手伝いをしました。そして、雲嵐様が惹かれそうな、若く美しい皇妃様を……殺害するよう命じられ、そのようにいたしました……」
青静は窪んだ目で、唇を噛みしめた。
青静の証言は、翠玉の推測の裏付けとなった。
「後宮と旺玖院を繋ぐ、抜け道のようなものは知らない?」
翠玉の質問に、青静は頭を捻らせた後、首を横に振った。
「……いえ、そのようなものは存じ上げません。いっそ抜け道でも作り、互いに勝手に行き来してくだされば、どれほど楽だったことでしょう」
以前、雲嵐が言っていた『秘密の場所』……それは十中八九、後宮と旺玖院を繋ぐ裏道のことだ。
しかし、わざわざ青静を使って相瀬を重ねていたなら、美雨は秘密の通路を知らないらしい。
雲嵐はあえて、美雨に黙っていた――?
雲嵐と美雨、二人の関係性が、徐々に翠玉の中で鮮明さを増してゆく。
「あのお方は人の皮を被った化け物にございます、最初は皇后様付きの女官になれるなどと歓喜しましたが、皇后様はわたくしを迎えられた日に、こうおっしゃられたのです……『あなたのような醜女を私のお付きに指名してあげたのだから、命をかけて忠義を尽くしなさい』と――」
青静は当時を思い出し、膝の布を強く握りしめた。
そしてその後、凛玲の顔を浮かべ、苦しげに顔を歪めた。
「なぜ、よりにもよって凛玲が……わたくしに毒殺の罪を被せるために、たまたま連れてこられたのが凛玲だったなんて……凛玲はいい子でした、わたくしのような、女からも毛嫌いされる醜女にも優しく、私の料理が一番だと褒め、慕ってくれました……なのに、あのようなことにっ……」
青静の腫れぼったい目から涙が流れ落ちる。
翠玉はその雫をじっと見つめた。
誰かを思い流す涙の美しさ、そして命の尊さを、翠玉は初めて知った気がした。
「青静も、凛玲のことが好きだったのね」
「はい、わたくしだけではなく、他の女官たちも慕っておりました……わたくしは実家の母が病弱で、妹がまだ幼いため、わたくしが働かねば皆生きていけません、女官の職を失わないため、皇后様に逆らうことができませんでしたが、今までの行いは、どんな理由があっても許されることではありません……裁かれるのは、罪を犯したわたくしだけで十分だったはずなのに……!」
青静の言葉は、凛玲の存在を表していた。
きっと凛玲の生きていく糧は、暗殺なんかじゃなくてよかった。
ここで居場所を見つけたのは、なにも翠玉だけではない。凛玲だって女官として、人として、多くの者たちに必要とされていたのだから――。
「わかったわ、青静、話してくれてありがとう」
翠玉は立ち上がり、青静に背を向けた。
その瞳にはもう、一切の迷いはない。
「あなたは助けてあげる……凛玲のために涙を流してくれたから」
翠玉の手にした、蝋燭の火が消えた。
青静は窪んだ目で、唇を噛みしめた。
青静の証言は、翠玉の推測の裏付けとなった。
「後宮と旺玖院を繋ぐ、抜け道のようなものは知らない?」
翠玉の質問に、青静は頭を捻らせた後、首を横に振った。
「……いえ、そのようなものは存じ上げません。いっそ抜け道でも作り、互いに勝手に行き来してくだされば、どれほど楽だったことでしょう」
以前、雲嵐が言っていた『秘密の場所』……それは十中八九、後宮と旺玖院を繋ぐ裏道のことだ。
しかし、わざわざ青静を使って相瀬を重ねていたなら、美雨は秘密の通路を知らないらしい。
雲嵐はあえて、美雨に黙っていた――?
雲嵐と美雨、二人の関係性が、徐々に翠玉の中で鮮明さを増してゆく。
「あのお方は人の皮を被った化け物にございます、最初は皇后様付きの女官になれるなどと歓喜しましたが、皇后様はわたくしを迎えられた日に、こうおっしゃられたのです……『あなたのような醜女を私のお付きに指名してあげたのだから、命をかけて忠義を尽くしなさい』と――」
青静は当時を思い出し、膝の布を強く握りしめた。
そしてその後、凛玲の顔を浮かべ、苦しげに顔を歪めた。
「なぜ、よりにもよって凛玲が……わたくしに毒殺の罪を被せるために、たまたま連れてこられたのが凛玲だったなんて……凛玲はいい子でした、わたくしのような、女からも毛嫌いされる醜女にも優しく、私の料理が一番だと褒め、慕ってくれました……なのに、あのようなことにっ……」
青静の腫れぼったい目から涙が流れ落ちる。
翠玉はその雫をじっと見つめた。
誰かを思い流す涙の美しさ、そして命の尊さを、翠玉は初めて知った気がした。
「青静も、凛玲のことが好きだったのね」
「はい、わたくしだけではなく、他の女官たちも慕っておりました……わたくしは実家の母が病弱で、妹がまだ幼いため、わたくしが働かねば皆生きていけません、女官の職を失わないため、皇后様に逆らうことができませんでしたが、今までの行いは、どんな理由があっても許されることではありません……裁かれるのは、罪を犯したわたくしだけで十分だったはずなのに……!」
青静の言葉は、凛玲の存在を表していた。
きっと凛玲の生きていく糧は、暗殺なんかじゃなくてよかった。
ここで居場所を見つけたのは、なにも翠玉だけではない。凛玲だって女官として、人として、多くの者たちに必要とされていたのだから――。
「わかったわ、青静、話してくれてありがとう」
翠玉は立ち上がり、青静に背を向けた。
その瞳にはもう、一切の迷いはない。
「あなたは助けてあげる……凛玲のために涙を流してくれたから」
翠玉の手にした、蝋燭の火が消えた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
伊藤さんと善鬼ちゃん~最強の黒少女は何故弟子を取ったのか~
寛村シイ夫
キャラ文芸
実在の剣豪・伊藤一刀斎と弟子の小野善鬼、神子上典膳をモチーフにしたラノベ風小説。
最強の一人と称される黒ずくめの少女・伊藤さんと、その弟子で野生児のような天才拳士・善鬼ちゃん。
テーマは二人の師弟愛と、強さというものの価値観。
お互いがお互いの強さを認め合うからこその愛情と、心のすれ違い。
現実の日本から分岐した異世界日ノ本。剣術ではない拳術を至上の存在とした世界を舞台に、ハードな拳術バトル。そんなシリアスな世界を、コミカルな日常でお送りします。
【普通の文庫本小説1冊分の長さです】
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
あやかし探偵倶楽部、始めました!
えっちゃん
キャラ文芸
文明開化が花開き、明治の年号となり早二十数年。
かつて妖と呼ばれ畏れられていた怪異達は、文明開化という時勢の中、人々の記憶から消えかけていた。
母親を流行り病で亡くした少女鈴(すず)は、母親の実家であり数百年続く名家、高梨家へ引き取られることになった。
高梨家では伯父夫婦から冷遇され従兄弟達から嫌がらせにあい、ある日、いわくつきの物が仕舞われている蔵へ閉じ込められてしまう。
そして偶然にも、隠し扉の奥に封印されていた妖刀の封印を解いてしまうのだった。
多くの人の血肉を啜った妖刀は長い年月を経て付喪神となり、封印を解いた鈴を贄と認識して襲いかかった。その結果、二人は隷属の契約を結ぶことになってしまう。
付喪神の力を借りて高梨家一員として認められて学園に入学した鈴は、学友の勧誘を受けて“あやかし探偵俱楽部”に入るのだが……
妖達の起こす事件に度々巻き込まれる鈴と、恐くて過保護な付喪神の話。
*素敵な表紙イラストは、奈嘉でぃ子様に依頼しました。
*以前、連載していた話に加筆手直しをしました。のんびり更新していきます。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる