後宮の暗殺者~殺すつもりで来たのに溺愛されています~

碧野葉菜

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六、今生の別れ

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「翠風様ー、翠風様ー!」

 二人が別れを惜しんでいると、遠くから枕里の声が聞こえてきた。
 それでも動こうとしない翠玉を、今度は凛玲が強引に連れ出した。
 
「枕里ー、ここだよー!」

 凛玲に誘導され、枕里は声の方に走っていく。
 すると納屋のような建物の横で、手を振っている凛玲に気がついた。

「ああっ、翠風様、こんなところにっ」

 凛玲の隣に立つ翠玉を見つけた枕里は、一安心して駆け寄った。

「探したんですよ、あっという間に後宮の端と端を移動されるので、驚きました、さすが運動神経が抜群でいらっしゃる」

 枕里がやって来たので、凛玲は翠玉からさっと離れた。
 すると、先ほどまで凛玲で隠れていた場所に、翠玉はあるものを見つけた。
 なにやら気になっている様子の翠玉に、枕里が尋ねる。

「どうかされましたか?」
「いや、あんなところに井戸があったんだなぁって」

 凛玲が洗濯物をかけていた物干し竿の奥、後宮の角にあたる門の横に、灰色の筒形をした井戸があった。
 枕里が翠玉の視線を追うと、同じところに辿り着く。

「ああ、そうですね、でもあの井戸はずいぶん前から使われていませんよ、老朽化が進んで危ないから、誰も近づかないようにと言われていますから」
「……ふぅん」

 だったら放置せずに壊してしまえばいいのに。翠玉はそう思いながらも、大して関心を持たず気のない返事をした。

「そんなことよりも早く昼食にいたしましょうっ」
「そんな急がなくても、二、三日食べなくたって平気よ」
「陛下一番の寵妃様がなんということをおっしゃるんですか! 翠風様のお身体になにかあれば、私の首が飛びますよ! そうでなくても、翠風様にはお元気でいていただきたいので!」

 胸の前で両手拳を作り、前のめりに訴える枕里に、翠玉は少し目を丸くした。

「……枕里はとてもいい子です、料理もすごく上手なので、翠風様のお役に立てると思います」

 翠玉に仕えたい数多の女官の中から、凛玲が選んで推薦した人物なのだ。
 枕里のことは信用してもよさそうだ、と翠玉は思った。

「じゃあ、お言葉に甘えて、たくさんご馳走を作ってもらおうかしら」
「は、はいっ、腕によりをかけます!」

 鼻息荒く力こぶを作ってみせる枕里。
 ただの女官である枕里は、当然、翠玉たちの事情をなにも知らない。
 そのため、推しである翠玉の女官になれたことを、純粋に喜んでやる気を出している。
 そんな枕里を、凛玲は少し羨ましい気持ちで見ていた。
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