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一、暗殺者と標的

十一

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「どんな字を書くのじゃ?」
「……翡翠の翠に、玉よ」
「ほう、字まで美しいの、ならば……翠風スイフォンというのはどうじゃ?」

 暁嵐の意見に、翠玉は少し目を大きくした。

「……スイ、フォン……?」
「ああ、翠に風と書いてスイフォンじゃ。わしの名が暁に嵐ゆえ、嵐の風から取った、悪くなかろう?」

 暁嵐の逞しい腕に包まれながら、翠玉は小さな戸惑いを覚えた。胸の内に温かいなにかが、生まれた気がしたからだ。

「……もう、好きにしてちょうだい」

 抵抗する気もなくした翠玉は、ため息混じりにそう答えた。
 すると暁嵐は翠玉から離れ、寝台の縁に腰掛ける。そして床に散乱した衣類を身につけると、さっと立ち上がった。

「そうと決まれば身支度じゃな、さっさと翠玉の後宮入りを進めるぞ、声をかけるまでここで待っておれ」
「え? も、もう、今から?」
「当然じゃ、善は急げというからの」

 善かどうかは甚だ怪しいが、とにかくここで待てばいいらしい。それを聞いた翠玉に、つい邪心が芽吹く。
 しかし、そんなことは、暁嵐にはお見通しだったようだ。
 
「逃げるなよ、すぐに司馬宇をよこすゆえ、大人しくしておるように」

 顔だけ翠玉の方を向け、すかさず釘を刺す暁嵐。
 待たされているうちに、部屋を抜け出してやろうか。そんな翠玉の邪心は、育つ前に刈り取られた。
 司馬宇とはかなりいい勝負だったので、次も出し抜ける保証はない。今のところ危険を冒してまで、挑むほどの価値もないと、翠玉は考えた。
 
「……わかったけど、そもそも、ここってどこなの?」
「わしの部屋じゃ」

 暁嵐がシャッと帳を開けると、初めて部屋の全貌が明らかになる。
 赤い絨毯に、立派な机と椅子、大きな本棚も置いてある。並んだ窓には赤い帳がついており、射し込む朝日が室内を照らしていた。

「……ずいぶん上等な寝床だとは思ったけど、まさか皇帝陛下様のお部屋だったなんてねぇ」
「ここが一番安全だからの、わししか使わんからな」
「はは……」

 翠玉は引き攣った顔で、乾いた笑みを漏らした。
 自分を殺しに来た女を、私室に連れ込むなんて。
 普通は最も入り込まれたくない、個人的な空間だろうに。
 翠玉自身『普通』からかけ離れた生活をしていた自覚はあるが、この男に比べれば、自分の方がまだ常識人かもしれないと考えていた。
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