上 下
8 / 113
一、暗殺者と標的

しおりを挟む
「当然じゃ、身分の高い者でその存在を知らぬ者はおらんじゃろう、韻の手により繁栄した権力者も数多いという……わしも幼い時分に父上より聞かされた……『権力者の影に韻あり』と」
「あらやだ、有名で困っちゃうわね」

 翠玉は無関心に暁嵐の話を聞き流した。
 韻の成り立ちなど翠玉にはわかりきっているので、今更といった感じだ。
 対する暁嵐は興味津々の様子だが。

「しかし、こうして実際に会うのは初めてじゃ。確実に存在するのに、その実態は掴めず、未だ謎に包まれておる……それが韻の者たちであろう」

 翠玉はじっと見つめてくる暁嵐に、冷ややかな視線を向ける。 
 だったらなんだというのだ。
 今から死ぬ人間に、これ以上の戯言は不要だろうと翠玉は思った。

「もう十分でしょ、さっさと殺して」

 翠玉が吐き捨てるように言うと、暁嵐が強く握っていた翠玉の手首を離した。
 
「なんだ、まだ殺される気でおったのか?」

 目を丸めて首を傾げる暁嵐に、顔を顰める翠玉。

「まだって……することしたんだし、もう用済みなんだから、当然でしょ」
「いや、まだ大事なことを聞いておらぬ」

 腕を組んで顔を覗き込む暁嵐。翠玉は彼が次に言う台詞を察した。

「誰に頼まれた?」

 当然の質問だ、むしろ聞かれるのが遅かったくらいだろう。
 暗殺者は依頼をこなすだけの存在。ならば、誰が頼んだのかが問題になる。

「楊国、五代目皇帝である、この紅暁嵐を消そうとしたのは何者か」

 暗殺者を生け捕りにする理由は、依頼人の情報を吐かせるため――それ以外ないだろう。
 だから翠玉は覚悟を決めたのだ。情事はただの気まぐれ、首謀者を吐かせることに付属した、おまけのようなものだったと。
 翠玉は静かに目を閉じると、そっと心の中でこの世に別れを告げる。
 ――なにがあっても、あんたのことだけは、話さないから。
 突然黙り込んだ翠玉に、暁嵐は不穏な空気を読み取る。
 口を閉じ、身体に力を込める翠玉、その様子に、暁嵐は不穏の正体に気づいた。

「やめろ!」

 昨夜に続き、暁嵐は翠玉の口に手を突っ込んだ。
 いや、突っ込むというよりも、指先で強くこじ開けたといった方が正しい。
 瞬間、翠玉は暁嵐の指を勢いよく噛んだ。
 本当は自身の舌を噛み切るつもりだったのに――。
 異変に気づいた翠玉は、パッと力を抜いて口を開いた。
 すると、暁嵐が翠玉の口からゆっくりと手を抜いた。
 骨張った指の甲にくっきりとついた歯型、皮膚を破って染み出す赤が、じわりと浮き上がる。
 それなのに、暁嵐は眉一つ動かさない。
 自身の傷など気にする素振りもなく、翠玉を見つめている。

「このっ……バカ者!」

 暁嵐の見開いた目に、ポカンとした翠玉が映る。
 なにをそんなに怒ることがあったのか、そう聞きたくなるくらい、暁嵐は怒りを露わにしていた。

「なにを勝手に死のうとしておる、そんなことはわしが許さぬぞ」

 翠玉には暁嵐が言っている意味がわからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

伊藤さんと善鬼ちゃん~最強の黒少女は何故弟子を取ったのか~

寛村シイ夫
キャラ文芸
実在の剣豪・伊藤一刀斎と弟子の小野善鬼、神子上典膳をモチーフにしたラノベ風小説。 最強の一人と称される黒ずくめの少女・伊藤さんと、その弟子で野生児のような天才拳士・善鬼ちゃん。 テーマは二人の師弟愛と、強さというものの価値観。 お互いがお互いの強さを認め合うからこその愛情と、心のすれ違い。 現実の日本から分岐した異世界日ノ本。剣術ではない拳術を至上の存在とした世界を舞台に、ハードな拳術バトル。そんなシリアスな世界を、コミカルな日常でお送りします。 【普通の文庫本小説1冊分の長さです】

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

あやかし探偵倶楽部、始めました!

えっちゃん
キャラ文芸
文明開化が花開き、明治の年号となり早二十数年。 かつて妖と呼ばれ畏れられていた怪異達は、文明開化という時勢の中、人々の記憶から消えかけていた。 母親を流行り病で亡くした少女鈴(すず)は、母親の実家であり数百年続く名家、高梨家へ引き取られることになった。 高梨家では伯父夫婦から冷遇され従兄弟達から嫌がらせにあい、ある日、いわくつきの物が仕舞われている蔵へ閉じ込められてしまう。 そして偶然にも、隠し扉の奥に封印されていた妖刀の封印を解いてしまうのだった。 多くの人の血肉を啜った妖刀は長い年月を経て付喪神となり、封印を解いた鈴を贄と認識して襲いかかった。その結果、二人は隷属の契約を結ぶことになってしまう。 付喪神の力を借りて高梨家一員として認められて学園に入学した鈴は、学友の勧誘を受けて“あやかし探偵俱楽部”に入るのだが…… 妖達の起こす事件に度々巻き込まれる鈴と、恐くて過保護な付喪神の話。 *素敵な表紙イラストは、奈嘉でぃ子様に依頼しました。 *以前、連載していた話に加筆手直しをしました。のんびり更新していきます。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...