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第六章、解放までの道
十二
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瞼を動かすこともできず、ミハイロさんの傍らに膝をついたまま、なにかがこちらに向かってくるのを茫然と眺めていた。
やがて、視界が青くなると同時に、あたしの額や頬に生温かい感覚が生まれる。
さっきと同じ光景だ。ミハイロさんが、あたしに剣を振り下ろそうとした時と。
違うのは、弾き飛ばす音がしなかったこと。
そして……目の前にいる金の龍から、銀色の刃が覗いていたこと――。
――――え? なに? どういうこと?
頭がついていかなくて、なに一つ理解できない。
深い海みたいな青い衣が、どんどん真紅に染まっていく。
尖った切先は、あたしの顔の前で止まっていた。あたしの前に、この壁が、彼が、このお方が、いなければ、それはこの額を真っ二つに割っていただろう。
「はは……ハハハハッ! これはよい! 好いた女を殺して廃人にしてやろうと思っておったが、まさか元凶であるそなたを消せるとは!」
ぐらり、あたしを庇った背中が、力なく地面に倒れる。
その時、初めて、全貌を目にした。
横たわった豪龍様の腹部には、あたしの身長の半分はあろう槍が突き刺さっていた。背面に貫通したそれは、豪龍様の衣に刺繍された、金の龍から頭を出していた。
「壺を落とした時は失敗したが、今度こそやってやったぞ! これで我が息子が皇帝の座につけばすべて上手く――」
狂喜に満ちた雄叫びが突如停止し、あたしはゆっくりと顔だけをそちらに向けた。
少し離れた先に仁王立ちした皇太后様、その胸の辺りから、弓のように反り返った刃が突き出していた。
紫色の豪華な衣装が、みるみるうちに赤に染まる。
「……母上、このような形でしか、あなたを止めることができなかった、不出来な息子をお許しください」
皇太后様が膝から崩れ落ちた時、その声の主が明らかになる。
彼女の後ろに立っていたのは、豪龍様と同じような装いと背格好をした男の人だった。
地面に突っ伏した皇太后様は、身体をねじるようにして、背後に立つ愛息子を見上げた。
「シャオ、ロン……な、ぜ……わらわは、そなたの、ために――」
「幼い頃、僕が国を動かしてみたいと話したばかりに、あなたは魔物のようになってしまわれた……兄上から奪う気はないと何度話しても伝わらず、最後までお心に届けることができなかった……これは、僕の罪です」
小龍様は、実の母を見下ろしながら、やや震えながらも凛々しい口調で言いきった。
それからパッと顔を上げると、急いでこちらに駆け寄ってくる。
そして豪龍様から一歩離れた場所で、膝を折って姿勢を低くした。
やがて、視界が青くなると同時に、あたしの額や頬に生温かい感覚が生まれる。
さっきと同じ光景だ。ミハイロさんが、あたしに剣を振り下ろそうとした時と。
違うのは、弾き飛ばす音がしなかったこと。
そして……目の前にいる金の龍から、銀色の刃が覗いていたこと――。
――――え? なに? どういうこと?
頭がついていかなくて、なに一つ理解できない。
深い海みたいな青い衣が、どんどん真紅に染まっていく。
尖った切先は、あたしの顔の前で止まっていた。あたしの前に、この壁が、彼が、このお方が、いなければ、それはこの額を真っ二つに割っていただろう。
「はは……ハハハハッ! これはよい! 好いた女を殺して廃人にしてやろうと思っておったが、まさか元凶であるそなたを消せるとは!」
ぐらり、あたしを庇った背中が、力なく地面に倒れる。
その時、初めて、全貌を目にした。
横たわった豪龍様の腹部には、あたしの身長の半分はあろう槍が突き刺さっていた。背面に貫通したそれは、豪龍様の衣に刺繍された、金の龍から頭を出していた。
「壺を落とした時は失敗したが、今度こそやってやったぞ! これで我が息子が皇帝の座につけばすべて上手く――」
狂喜に満ちた雄叫びが突如停止し、あたしはゆっくりと顔だけをそちらに向けた。
少し離れた先に仁王立ちした皇太后様、その胸の辺りから、弓のように反り返った刃が突き出していた。
紫色の豪華な衣装が、みるみるうちに赤に染まる。
「……母上、このような形でしか、あなたを止めることができなかった、不出来な息子をお許しください」
皇太后様が膝から崩れ落ちた時、その声の主が明らかになる。
彼女の後ろに立っていたのは、豪龍様と同じような装いと背格好をした男の人だった。
地面に突っ伏した皇太后様は、身体をねじるようにして、背後に立つ愛息子を見上げた。
「シャオ、ロン……な、ぜ……わらわは、そなたの、ために――」
「幼い頃、僕が国を動かしてみたいと話したばかりに、あなたは魔物のようになってしまわれた……兄上から奪う気はないと何度話しても伝わらず、最後までお心に届けることができなかった……これは、僕の罪です」
小龍様は、実の母を見下ろしながら、やや震えながらも凛々しい口調で言いきった。
それからパッと顔を上げると、急いでこちらに駆け寄ってくる。
そして豪龍様から一歩離れた場所で、膝を折って姿勢を低くした。
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