皇帝癒し人～殺される覚悟で来たのに溺愛されています～

第六章、解放までの道

七

　海の底みたいな、深い青みを帯びた夜だった。
　綺麗に半分になった月が、憂いた表情であたしを見下ろしてる。まるでもう半分の、片割れを想って泣いているよう。
　あたしは進言した通り、月が一番よく見える、あの場所に来ていた。
　誰にも邪魔されない山頂は、秘めた思惑を暴くのに相応しいと感じたからだ。以前、豪龍様とあたしが、互いに抱えていたものを告白したように。
　まばらに生えた低い植物、岩肌が道になった先で、あたしは一人、月明かりの下に立っていた。
　やがて、音もなく、訪れる気配。
　馬は離れた場所に置いてきたのだろうか、あたしたちと同じように。
　あたしは、この感じを知ってる。壮国に来てから、毎日身近にあった空気。それが、近づいてくるほど、疑念が確信に変わる。
　
「あなただったんですね」

　振り返った視界に映ったのは、夜闇を背景に立つ臣下の姿。
　半月の明かりに浮かぶ金色の髪が、夜風に吹かれさらりと靡いた。

「ミハイロさん」

　いつもと同じ青い衣装で、いつもと違う目の色をする。ミハイロさんは腰に携えた剣に、すでに手をかけていた。

「……はめたのですか？」

　透き通るような滑らかな声に問われ、あたしは彼に向き直る。
　呪術に詳しい呉の二人と親密で、呪術の本を上手く隠せる知力があり、周りから怪しまれない信頼を得ている……そんな人は、彼しかいなかった。

「あたしの命を狙う人は、世継ぎ問題に関わる皇太后様か小龍様、そして、豪龍様を呪うミハイロさん……その中の誰かだと思ったので」
「それを承知の上で、私に一人でいることを仄めかすとは、命知らずですね……私自身、あなた様に個人的な恨みなどはありません……しかし、陛下を治癒されては困るのです……申し訳ありませんが」

　確かに、ミハイロさんから恨みのようなドス黒いものは感じない。
　むしろ真っ直ぐに澄んだその様子は、使命感と正義感に満ち溢れていた。

「あなたが、豪龍様を憎んで呪ったなんて思いません。だからあたしはあの時……初めてお城を案内してもらった時に、ミハイロさんが言いかけたことを考えていました」

　ミハイロさんに対する疑いが濃厚になったのは、あの時の会話を思い出したからだ。
　豪龍様が戦に向いているんですね、と言ったあたしに対し、彼はこう返した。

『……そう思いますか？　私は、あんなに皇帝に――』

　あれからずっと考えてた。考えて考えて、辿り着いた。だって口に出せるわけがない、豪龍様が、皇帝に不向きだなんて――。