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第五章、押し寄せる不穏
十三
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「……豪龍様は、そうしたかったのですか?」
「俺自身の意思など無用。皇帝として、この国のためになることを選択するのみ。それが俺の存在意義であるゆえ」
戦いだけで生きてきた豪龍様にとって、蒼家の長男であり、皇帝であることがすべてだったのかもしれない。
だけどあたしにとっては違う。
その強くも繊細な心と、冷たくも情熱的な瞳は、あなた様の生まれや地位で左右されるものではないから。
「……戦えなくても、例え皇帝様じゃなくても、豪龍様は豪龍様です、あたしの大好きな男の人です」
考えるより先に、感情が口をついた。
面と向かって、真っ直ぐに、こんなに素直に気持ちを伝えられるなんて、自分でも驚きだった。
すると、豪龍様は目を見開いた後、片手で口元を抑えて、視線を逸らした。
豪龍様がこんな反応をするのは初めてだ。まさか、照れてる……なんて、そんなはずないかな。月明かりの助けがあっても、顔色の変化まではわからなかった。
「ピケ……貴様はわかってやっておるのか、計算でなければ、それはそれで厄介よの」
「……あたしは、思ったことを言っただけです、お気に障ったならごめんなさい」
「気に障るわけがなかろう、愛する女からの待ち望んだ告白だというのに」
それを聞いて初めて、自分が豪龍様を好きだと、口に出して言ったことがないと気づいた。
「あれ……あたし、言ってませんでしたか?」
「一度もな」
冷たーい目で見られると、なんだか申し訳なくなる。だけどこれは怒ってる顔じゃない、拗ねてるんだ。そう思うと可愛らしいなんて、不謹慎な気持ちが顔を出した。
「そ、そうでしたか……ごめんなさい、心の中では、ずっと言ってるんですが」
「……可愛いことを言ってくれるな」
すっかり機嫌を直した様子の豪龍様は、右手を懐に入れてあるものを取り出した。
そっと、あたしの前に差し出されたそれは、手のひらサイズの四角い箱だった。
「……こ、これは……?」
豪龍様の手が、赤い結び目を解く。そして桃色の箱の蓋を開けた、そこには――。
「祖母のビックリ箱には及ばぬかもしれんが」
夜闇の中、月明かりに浮かび上がる、目が覚めるような赤。
黄色い中心を囲むように、折り重なった花びらが、丸みを帯びた形を作ってる。
あたしは、この花を知ってる。
庭園で見かけたものよりは、幾分か小さいだろうか。透明の艶で覆われたそれは、鮮やかさを増して輝いて見えた。
「……そ、そんな、そんなこと、ありませんっ、こんな、こんな――」
「ピケは無欲ゆえ、なにも欲しがらぬのでな、俺の方で勝手に用意したぞ。庭の牡丹を一番美しい時期に摘み取り髪飾りにした、ようやく出来上がったので早くやりたかったのだ」
「えっ……これ、豪龍様が……?」
「宝飾職人に加工の仕方を教わったのだ、なかなかよい出来であろう」
豪龍様が、おばあちゃんとの思い出話を覚えていてくれたこと。多忙の中わざわざ手間暇をかけて、あたしのためにプレゼントを用意してくれたこと。
なにもかもが嬉しくて……嬉しすぎて、言葉にならなくて、ただ豪龍様を見つめた。
豪龍様は箱から出した髪飾りを、あたしの右耳の少し上につけた。
そして改めて、あたしを正面から見つめると、瞳を細めて微笑を浮かべた。
「……銀色の髪によく映える、やはりピケには真紅が似合うな」
まるで美しい宝石でも眺めるように、あまりにも綺麗に笑う豪龍様に、あたしの胸が激しく軋む。
こんなに尽くしてくれるお方に、あたしはなんて仕打ちをしたの。
刻一刻と迫るその時。じわりじわりと、汗が滲む。後戻りはできない。してはいけない。
ずっと言いたくて、言えなかったこと。
今日こそはと、心に決めて、お誘いしたのだから。
「俺自身の意思など無用。皇帝として、この国のためになることを選択するのみ。それが俺の存在意義であるゆえ」
戦いだけで生きてきた豪龍様にとって、蒼家の長男であり、皇帝であることがすべてだったのかもしれない。
だけどあたしにとっては違う。
その強くも繊細な心と、冷たくも情熱的な瞳は、あなた様の生まれや地位で左右されるものではないから。
「……戦えなくても、例え皇帝様じゃなくても、豪龍様は豪龍様です、あたしの大好きな男の人です」
考えるより先に、感情が口をついた。
面と向かって、真っ直ぐに、こんなに素直に気持ちを伝えられるなんて、自分でも驚きだった。
すると、豪龍様は目を見開いた後、片手で口元を抑えて、視線を逸らした。
豪龍様がこんな反応をするのは初めてだ。まさか、照れてる……なんて、そんなはずないかな。月明かりの助けがあっても、顔色の変化まではわからなかった。
「ピケ……貴様はわかってやっておるのか、計算でなければ、それはそれで厄介よの」
「……あたしは、思ったことを言っただけです、お気に障ったならごめんなさい」
「気に障るわけがなかろう、愛する女からの待ち望んだ告白だというのに」
それを聞いて初めて、自分が豪龍様を好きだと、口に出して言ったことがないと気づいた。
「あれ……あたし、言ってませんでしたか?」
「一度もな」
冷たーい目で見られると、なんだか申し訳なくなる。だけどこれは怒ってる顔じゃない、拗ねてるんだ。そう思うと可愛らしいなんて、不謹慎な気持ちが顔を出した。
「そ、そうでしたか……ごめんなさい、心の中では、ずっと言ってるんですが」
「……可愛いことを言ってくれるな」
すっかり機嫌を直した様子の豪龍様は、右手を懐に入れてあるものを取り出した。
そっと、あたしの前に差し出されたそれは、手のひらサイズの四角い箱だった。
「……こ、これは……?」
豪龍様の手が、赤い結び目を解く。そして桃色の箱の蓋を開けた、そこには――。
「祖母のビックリ箱には及ばぬかもしれんが」
夜闇の中、月明かりに浮かび上がる、目が覚めるような赤。
黄色い中心を囲むように、折り重なった花びらが、丸みを帯びた形を作ってる。
あたしは、この花を知ってる。
庭園で見かけたものよりは、幾分か小さいだろうか。透明の艶で覆われたそれは、鮮やかさを増して輝いて見えた。
「……そ、そんな、そんなこと、ありませんっ、こんな、こんな――」
「ピケは無欲ゆえ、なにも欲しがらぬのでな、俺の方で勝手に用意したぞ。庭の牡丹を一番美しい時期に摘み取り髪飾りにした、ようやく出来上がったので早くやりたかったのだ」
「えっ……これ、豪龍様が……?」
「宝飾職人に加工の仕方を教わったのだ、なかなかよい出来であろう」
豪龍様が、おばあちゃんとの思い出話を覚えていてくれたこと。多忙の中わざわざ手間暇をかけて、あたしのためにプレゼントを用意してくれたこと。
なにもかもが嬉しくて……嬉しすぎて、言葉にならなくて、ただ豪龍様を見つめた。
豪龍様は箱から出した髪飾りを、あたしの右耳の少し上につけた。
そして改めて、あたしを正面から見つめると、瞳を細めて微笑を浮かべた。
「……銀色の髪によく映える、やはりピケには真紅が似合うな」
まるで美しい宝石でも眺めるように、あまりにも綺麗に笑う豪龍様に、あたしの胸が激しく軋む。
こんなに尽くしてくれるお方に、あたしはなんて仕打ちをしたの。
刻一刻と迫るその時。じわりじわりと、汗が滲む。後戻りはできない。してはいけない。
ずっと言いたくて、言えなかったこと。
今日こそはと、心に決めて、お誘いしたのだから。
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