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第五章、押し寄せる不穏
十
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その後、豪龍様に見送られ、あたしは赤いお城に戻った。
部屋の中はしんとしていて、すでに雹華さんの姿はなかった。
――あれ、あたし……雹華さんにちゃんと、お礼言ったっけ?
ようやく落ち着いた今、ふとそんな思いがよぎる。
バタバタしていて、助けてもらったお礼を言いそびれてた。
それに気づいたあたしは、もう一度部屋を出ると、雹華さんを探しに行った。
――そういえば、ミハイロさんもいなかったな。
皇太后様のお城に付き添ってくれたミハイロさんだったけど、あたしが赤いお城に戻る時にはすでにいなくなってた。
ミハイロさんも呉の二人も忙しい身だから、いろいろ行くところがあるのだろうと、この時はまだ、大して気に留めていなかった。
しばらく辺りの探索をするけど、雹華さんの影も形も掴めない。
そのうち、こんなに自由に動いて大丈夫かなという疑問が生まれた。それと同時に、先ほどの豪龍様の言葉が蘇る。
――一人で勝手に出歩くなよ。
行動に移してしまった後に、その台詞を思い出したあたしは、心の中で豪龍様に謝った。
おばあちゃんが亡くなってからこっち、あたしを心配する人なんていなかったから、つい勝手をしてしまったんだ。
あたしを想って駆けつけてくれた豪龍様のためにも、自分を大事にしなきゃいけない。
そう考えたあたしは、雹華さん探索を早々に切り上げ、赤いお城に戻ろうとした。
その時だった。
赤いお城の裏側、青い本城との間にできた狭い空間に、人の気配を感じた。
突き当たりは大階段の側面で塞がれてるから、向こう側から誰かに見られることはない。
そんな死角になる場所、本来ならあたしも、横切るだけで済んだはずなのに――。
見てしまった。
ちょうどいい身長差の二人が、抱き合って口づけてるところを――。
「こんなことで、誤魔化せると思わないで」
唇を離すなり、しなやかな体型の女の人が言った。黒髪を二つのお団子にした彼女は、あたしが今探してたその人だ。
遠巻きでもわかる、あの話し方や雰囲気は、きっと雹華さんで間違いない。
あたしは咄嗟にお城の外壁に隠れると、チラリと瞳を覗かせ様子を窺い見る。
「なんのことだ」
すらりとした金髪の男の人は、ミハイロさんだ。
まさか、雹華さんとそこまで親密な仲だったなんて。
あれ、でも、ミハイロさんは確か、雷華さんともただならぬ雰囲気を醸し出していたような……ええ……どういうことなの……?
ハラハラするあたしをよそに、二人は淡々と会話を進める。そう、淡々としてるんだ。恋人同士の相瀬にしては、ずいぶん空気がヒリついてる気がした。
「私たちを利用したの?」
私たち――利用――?
さっきは誤魔化してると言ってたけど、一体なにを?
「私はただ、陛下の幸福を願っているだけだ、それを邪魔するなら、お前たちでも」
「許さないと言うの?」
雹華さんはミハイロさんになにかを問い詰めてるみたい。
私たち、お前たち――と複数形で言ってることから、その中には雷華さんも含まれそうだけど。
「もう、これ以上なにも話すことはない」
そう言ったミハイロさんが、こちらに向かって歩き始めたから、あたしは急いでその場を去った。
呪いに精通した呉の二人、切り取られた呪術のページ、それに似た豪龍様の痣。
ぼやけた謎の輪郭が、徐々に鮮明さを増す。
不穏な空気の正体の先を、あたしは僅かに捕えつつあった。
部屋の中はしんとしていて、すでに雹華さんの姿はなかった。
――あれ、あたし……雹華さんにちゃんと、お礼言ったっけ?
ようやく落ち着いた今、ふとそんな思いがよぎる。
バタバタしていて、助けてもらったお礼を言いそびれてた。
それに気づいたあたしは、もう一度部屋を出ると、雹華さんを探しに行った。
――そういえば、ミハイロさんもいなかったな。
皇太后様のお城に付き添ってくれたミハイロさんだったけど、あたしが赤いお城に戻る時にはすでにいなくなってた。
ミハイロさんも呉の二人も忙しい身だから、いろいろ行くところがあるのだろうと、この時はまだ、大して気に留めていなかった。
しばらく辺りの探索をするけど、雹華さんの影も形も掴めない。
そのうち、こんなに自由に動いて大丈夫かなという疑問が生まれた。それと同時に、先ほどの豪龍様の言葉が蘇る。
――一人で勝手に出歩くなよ。
行動に移してしまった後に、その台詞を思い出したあたしは、心の中で豪龍様に謝った。
おばあちゃんが亡くなってからこっち、あたしを心配する人なんていなかったから、つい勝手をしてしまったんだ。
あたしを想って駆けつけてくれた豪龍様のためにも、自分を大事にしなきゃいけない。
そう考えたあたしは、雹華さん探索を早々に切り上げ、赤いお城に戻ろうとした。
その時だった。
赤いお城の裏側、青い本城との間にできた狭い空間に、人の気配を感じた。
突き当たりは大階段の側面で塞がれてるから、向こう側から誰かに見られることはない。
そんな死角になる場所、本来ならあたしも、横切るだけで済んだはずなのに――。
見てしまった。
ちょうどいい身長差の二人が、抱き合って口づけてるところを――。
「こんなことで、誤魔化せると思わないで」
唇を離すなり、しなやかな体型の女の人が言った。黒髪を二つのお団子にした彼女は、あたしが今探してたその人だ。
遠巻きでもわかる、あの話し方や雰囲気は、きっと雹華さんで間違いない。
あたしは咄嗟にお城の外壁に隠れると、チラリと瞳を覗かせ様子を窺い見る。
「なんのことだ」
すらりとした金髪の男の人は、ミハイロさんだ。
まさか、雹華さんとそこまで親密な仲だったなんて。
あれ、でも、ミハイロさんは確か、雷華さんともただならぬ雰囲気を醸し出していたような……ええ……どういうことなの……?
ハラハラするあたしをよそに、二人は淡々と会話を進める。そう、淡々としてるんだ。恋人同士の相瀬にしては、ずいぶん空気がヒリついてる気がした。
「私たちを利用したの?」
私たち――利用――?
さっきは誤魔化してると言ってたけど、一体なにを?
「私はただ、陛下の幸福を願っているだけだ、それを邪魔するなら、お前たちでも」
「許さないと言うの?」
雹華さんはミハイロさんになにかを問い詰めてるみたい。
私たち、お前たち――と複数形で言ってることから、その中には雷華さんも含まれそうだけど。
「もう、これ以上なにも話すことはない」
そう言ったミハイロさんが、こちらに向かって歩き始めたから、あたしは急いでその場を去った。
呪いに精通した呉の二人、切り取られた呪術のページ、それに似た豪龍様の痣。
ぼやけた謎の輪郭が、徐々に鮮明さを増す。
不穏な空気の正体の先を、あたしは僅かに捕えつつあった。
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