皇帝癒し人～殺される覚悟で来たのに溺愛されています～

第五章、押し寄せる不穏

五

　雹華さんに代わり、ミハイロさんと一緒に向かったのは、あたしが暮らす赤いお城の横に建ったお城。
　横といっても距離があるから、歩いて三、四分はかかる。大階段を挟んで、対になったお城の片方だ。
　見た目はやっぱり竜宮城みたいな三階建てで、赤いお城とまったく同じ。違うのは、濃い紫色をしているということ。
　ミハイロさんが、一階の玄関に当たる扉を叩くと、すぐにギィと音がする。
　ゆっくりと内側に開かれた扉から、最初に見えたのは黒髪の若い男の人だった。
　深い青色の衣装を着てる。だけど、呉の二人やミハイロさんなど、壮国に仕えてる人たちとは違う服装だ。どちらかというと、豪龍様に近い格好だった。腰にはやっぱり、剣を携えてる。
　肩より少し上の、真っ直ぐな漆黒の髪。目尻が少し下がった、穏やかな顔つきだった。
　あれ、この人、見たことがあるような。

「……どうぞ」

　小さな声に促されて、あたしだけ中に入る。ミハイロさんは扉の前で待機するみたいだ。
　扉がパタンと閉まる音がした時、前を向いたあたしの視界に、室内の様子が飛び込んできた。
　正面の奥に、両脇に開かれたカーテンと、大きなベッドが見える。
　そしてその手前、あたしから向かって右端にある、長椅子に座った女の人がいた。
　玄関に対して椅子は横向きに置いてあるから、あたしからはその人の横顔しか見えない。
　だけどあたしは、この人を知ってる気がした。
　いつだったっけ、きっとどこかで……そうしてあたしが記憶を探っていると、迎えてくれた男の人に「こちらにお座りください」と声をかけられた。
　案内されたのは、女の人の正面に当たる場所に敷かれた絨毯の上だった。濃い紫色に、金の刺繍が入ってる。ベッドや窓の縁、カーテンや壁までも、この部屋のほとんどが紫に染まっていた。
　あたしは指示されるがまま、絨毯の上に正座すると、頭を低く下げた。相手がどれほど偉い人なのか、あたしでもわかっていたから。

「そう固くなるでない、取って食おうなどと思っておらぬゆえ」
「は、はい」

　少し顔を上げて、目だけを動かし、目の前の人物を盗み見る。
　すると、冷めた瞳と視線が合って、あたしは急いで床を見た。
　この瞬間、あたしはこの人のことを思い出した。
　初めて豪龍様の夜伽をするため、赤いお城に行った時、この紫のお城から出てきた人だと。
　遠巻きでも感じた、冷たくも纏わりつくような視線。
　この人は皇太后様――豪龍様の形式上の母親だったんだ。

「ユニから参りました、ヒーリストのピケと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

　あたしはなるべく丁寧な言葉を選んで話した。この国に来て、学んだことの一つだ。

「わらわは蒼ツアン若汐ルォシー、前皇帝、浩然の妻であり、そこにおる小龍シャオロンの母である」

　あたしは姿勢を低くしたまま、思わず後ろの方に顔を向けた。
　扉のそばに待機してる、あたしを迎えた男の人は、皇太后――若汐様が生んだ、実の息子だったんだ。
　つまり、豪龍様とは腹違いの兄弟になる。
　ああ、そうかと、彼のことも思い出した。
　皇太后様を初めて見た時、そばに付き添っていた男性だったのだ。