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あふれる想い

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 圭太のいつも黒い瞳は濁った紫に変色しており、口に収まりきれなくなった伸びた牙は、左右長さが非対称で、歪な形をしていた。
 穏花は開いた口を両手で押さえ、何も発することができなかった。悪い夢でも見ているような気分だった。
 
「……三日前から、急に、こうなったんだよ……おかげで人前に出ることもできねえ、学校になんか、行けるはずがねえ」

 その瞳の色はアベルやヨハンがコウモリになっている時と同じではないか、と穏花は気づき、美汪の話を思い出した。
 吸血族と人間の混血は純血と違い、吸血族の姿になる条件が定っていないということ。
 一生人間のまま終わることもあれば、ある日突然その姿に変わってしまう者もいる、と。
 圭太は、まさにその後者なのだと、穏花は思い当たったのだ。

「……だから、穏花を、呼び出したんだ、こんなこと、吸血族と関わりのあるお前にしか、頼めねえから、さ」
「――え……? ど、どうして、それを?」
「聞いたんだよ、お前とみちるが、放課後に話してるのをさ……黒川君は、吸血鬼、だって」

 以前、自失したみちるが騒ぎながら漏らした言葉を、廊下にいた圭太は偶然聞いていたのだ。

「前から変だと思ってたんだよ、あいつには、妙に、嫌な感じがあった……同族嫌悪ってやつか、正体を知って、納得した」

 圭太はやや呼吸が荒く、たどたどしくを話すのがやっとのようだった。
 焦点が定っておらず、混濁した意識の圭太に、穏花は次第に恐怖を感じ始める。
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