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あふれる想い

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「おや、穏花お嬢さ」

 廊下の清掃をしていたコーエンに気づく余裕もなく、穏花は逃げるように玄関扉を開け放した。

 茜色の空がブナ森林を染める夕刻、穏花はひたすら前だけを見て懸命に走った。

 ――きっと私が、知らないうちに気に障ることをしたんだ、だから美汪は、あんなに怒って……。

 茂みを駆け抜ける穏花の涙は、向かい風に靡き、輝く夕日に散らばった。

 ――私……バカだ、なんて勘違いしたんだろう、私なんて美汪にとってはただの、食糧なのに。

 美汪の優しさを垣間見る度、少しだけ自分が特別になれたような気がして、側にいても許されるのかもしれないと期待してしまった。
 しかしそんな甘い夢は、先ほどの美汪の無慈悲な行動により砕け散った。
 あの憎らしさを込めた目に、嫌がらせとも言える吸血行為。
 それでも美汪の感触を反芻しては熱を帯びる、恥さらしな自分――。
 両親の死や棘病ですら与えることができなかった絶望感を、美汪はいとも簡単に穏花に与えた。

 ――あんなひどいことをするなんて、美汪はやっぱり私を、嫌い、なんだ。

 それだけの事実に壊れそうなほど傷ついた穏花は、皮肉にも自分がどれほど美汪を愛しているのか思い知らされていた。
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