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吸血族の城

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「……だから、美汪は自分の匂いを知らなかったんですね」

 穏花は以前、美汪に「堂々と人の血を飲むのは初めて」と言われていたのを思い出して言った。
 存在を認識されることなく吸うなら、香りについて指摘されないはずだ。

「おや? 匂い、とは?」
「美汪が私の血を吸う時、こう……ふわっと、薔薇みたいな香りがするんです」
「ほほう……確かに、私が愛した吸血族の女性も、私の血を吸う際に花のような香りがしました。しかし彼女も自分の匂いについて知らなかったようですので、同族……吸血族同士では気づかないようでした。人が自分の匂いに鈍感なことと同じかもしれません。吸血する時は一種の興奮状態にあるようなので、体温の上昇にともない本来その人が持つ匂いが際立つのかもしれませんね。……ところで、穏花お嬢様」
「は、はい、なんでしょうか?」
「一日三食、ティータイムつき、家事は不要の超豪華巨大キャッスルに永久就職される気はありませんか?」

 にこにこしながら誘う老紳士。
 藪から棒にそんなことを言われた穏花は、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。

「え、ええと、それはどういう……」
「ぼっちゃまは何もさすらい人になりたいわけではありません。そろそろ一つの場所に根を生やしてもよいと思うのです。この国は世界視点から見てとても平和ですし、ぼっちゃまが安心して暮らされるに適しているかと。そのためにはぼっちゃまをサポートしてくださる“人間”のパートナーが必要です。ぼっちゃまが吸血族であることを納得した上で、人としての暮らしに協力してくださる方がいらっしゃれば、より快適に生きることができます。それがあなた様のように、若くて、愛嬌のある、心優しい方であれば最高なのですが……」

 コーエンはおんとし八十歳。生い先が短いことは嫌でも理解していた。
 コーエンの好意的な言葉に、穏花は一瞬明るい表情を見せたが、すぐさま何かに気づいたように肩を落とし、俯いた。
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