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吸血族の城

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 僅かな照明で暗がりに浮かび上がる美汪の広い背中。
 それを見つめながら、穏花は何度となく話しかけようと口を開いては閉じてを繰り返した。
 ――さっきの、本当? どうして? 人間と吸血族の間に、一体何があったの?
 ……そんな言葉が喉まで出かかっては、飲み込んだ。

「……あそこまで聞けば気になるだろうから言っておくけど」
 
 穏花の躊躇を察した美汪が、歩く速度を少し緩めながら口を切った。

「あいつらが言ってたことは本当だよ。吸血族と人間の混血は人体実験の格好の餌食だ」

 淡々と告げられたその事実に、穏花は声を震わせた。

「……ん、で、そんな、こと……」
「なぜ? 人間が安心して薬を使い、安全な手術をするためには必ず実験体が必要になる。それは人間の身体に近ければ近いほどより確実な成果を得られる。だけど自分たち人間を使うわけにはいかない。ならば、吸血族という“人間に近いが人間ではない存在”は最適というわけだよ」

 穏花は視界が狭くなるのを感じた。
 目眩を覚え、吐き気をもよおすほどの衝撃を受けた。
 
 動物実験について知らないわけではない。
 だが、自分たちの安全が命の犠牲の上に成り立っていることを、深く追及しようとしたこともない。
 悪く言えば見て見ぬふりだが、それは人が人として明るく生をまっとうするために必要な鈍感さでもあった。
 皆、自分を貫くことで精一杯なのだ。
 しかし、思いやりある者なら、その事実を耳にし、実験現場を目の当たりにすれば心傷めるだろう。
 ましてやその対象が自身や友人、肉親などと同じ形をした者なら、物のように扱うことなどできないはずだ。
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