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秘密
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「敬語もいらない。使えなんて言っていないよ」
確かに、そうだ。
先日「お願いをしなよ」とは命令されたが、お願いするとはつまり、敬語を使って当たり前だと思い込んだ穏花が勝手にしただけだった。
どうやら美汪は、滑稽な主人役を演じたいわけではないらしい。
「うん、わかった……あの、美汪、って、いい名前だよね。転校してきた日に、黒板に名前を書いて紹介された時、すごく綺麗な字だなぁって覚えてて」
昨日に比べると幾分か緊張の解れた穏花は、思わず自分の気持ちを話した。
が、それに対して美汪は真顔の無返答だった。
――あれっ、この話題はNGだったのかな? む、難しい……。
穏花は心の中でそう考えると、気まずい雰囲気を変えようと空笑いをした。
「なんか、余計なこと言ってたらごめんね? 私、昔から鈍くて」
「君はそうやっていつも貼り付けたような笑顔を浮かべているよね。何の意味があるの?」
「え……?」
ここで「いつも」と、確かに美汪は言った。
それはまるで、以前から穏花を観察していたかのような台詞ではないか。
しかし、当の穏花がその文字を拾うことはなかった。彼女はただ、美汪に自分が気にしていることを指摘され驚いていた。
「だって、笑ってないと……笑ってた方が、相手も、笑ってくれるし……」
間が続かない時、人を気遣う時、そして自分自身を傷つけないため、笑顔を見せることは、幼い頃からの穏花の癖であった。
穏花は他の人に比べ発達が遅かった。会話の速度も緩く、切り返しも上手にできない。
そのせいで空気を悪くしてしまうこともあったため、穏花はいつの間にか、せめて笑うようになった。
確かに、そうだ。
先日「お願いをしなよ」とは命令されたが、お願いするとはつまり、敬語を使って当たり前だと思い込んだ穏花が勝手にしただけだった。
どうやら美汪は、滑稽な主人役を演じたいわけではないらしい。
「うん、わかった……あの、美汪、って、いい名前だよね。転校してきた日に、黒板に名前を書いて紹介された時、すごく綺麗な字だなぁって覚えてて」
昨日に比べると幾分か緊張の解れた穏花は、思わず自分の気持ちを話した。
が、それに対して美汪は真顔の無返答だった。
――あれっ、この話題はNGだったのかな? む、難しい……。
穏花は心の中でそう考えると、気まずい雰囲気を変えようと空笑いをした。
「なんか、余計なこと言ってたらごめんね? 私、昔から鈍くて」
「君はそうやっていつも貼り付けたような笑顔を浮かべているよね。何の意味があるの?」
「え……?」
ここで「いつも」と、確かに美汪は言った。
それはまるで、以前から穏花を観察していたかのような台詞ではないか。
しかし、当の穏花がその文字を拾うことはなかった。彼女はただ、美汪に自分が気にしていることを指摘され驚いていた。
「だって、笑ってないと……笑ってた方が、相手も、笑ってくれるし……」
間が続かない時、人を気遣う時、そして自分自身を傷つけないため、笑顔を見せることは、幼い頃からの穏花の癖であった。
穏花は他の人に比べ発達が遅かった。会話の速度も緩く、切り返しも上手にできない。
そのせいで空気を悪くしてしまうこともあったため、穏花はいつの間にか、せめて笑うようになった。
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