上 下
6 / 142
棘病

6

しおりを挟む
 先ほどまで賑やかだった空気が、色を変える。
 気温が幾度か下がったような、冷えた静寂が訪れる。

 流れるように繊細な漆黒の髪。長い前髪から覗く研ぎ澄まされた剣のような鋭い目に、高い鼻、物欲しそうな薄い唇に、まるで血が通っていないような白い肌。
 圭太よりも頭一つ分背の高い細身の彼は、少年と呼ぶにはあまりに謎めき大人びた雰囲気を纏っていた。

「お、おはよう。あの、今日、よかったらお昼一緒に食べない? あたし、お弁当作って来たんだけど」
「あたしはお菓子作って来たの! うまくできたからよかったら……」

 黒川くろかわ美汪みおは言い寄る女生徒たちに目もくれず、無言で廊下側の最も後ろの席についた。

 夏休み明けに転校して来た彼は、瞬時に生徒たちの注目を集めた。
 容姿端麗が目当てな女生徒はもちろんのこと、成績優秀ということもあり、男子生徒からも一目置かれる存在であった。

「女の子はああいうのが好きなのかねぇ。無表情で絶対一緒にいてもつまんねーに決まってるのにさ」
「圭太、き、聞こえちゃうよ!」
「男の嫉妬は醜いわよ」
「別にそんなんじゃねえけど。体育の授業はやたらサボるし、ずるいなーって思っただけ!」
「圭太! しーってば!!」
「……穏花のその声のがでかくね?」
「あっ……」

 自分が教室中の生徒たちの視線を浴びていることに気づいた穏花は、恥ずかしくなり俯いた。

「なんだなんだ萌木、大きな声出してどうした?」
「な、なんでもありません……!」

 ホームルームの時間となり入って来た担任教師にまで指摘された穏花は、急いで自分の席……みちるの後ろに座った。

 ――もう、圭太のせいなんだから。……でも、圭太ってみんなと仲良くできるのに、どうして黒川君のことだけはいつも悪く言うんだろ?

 穏花はさまざまなことを考えるのに精一杯だった。
 そのため、丸めた小さな背中を射るような視線に気づけなかった。

 ――――美汪の、瞳に。
しおりを挟む

処理中です...