鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
157 / 158
エピローグ

7

しおりを挟む
「おや、すっかり雨になったみたいだね」

 閻火と愛猫を微笑ましい気持ちで見ていると、人一人分抜けた距離にいる藍之介がつぶやくように言った。
 手にしていたフライパンを離して火を止めると、窓の外へ視線を投げる。
 つい数分前までの大粒の雪は、みぞれになり、雨になり、気づかないうちに変化を迎えていた。
 意識しなくても天気はどんどん動いていく。
 そういえば閻火と出会ったのも、こんな幻想的な雨の日だった。
 少しあの頃を思い出しながら、できあがったナポリタンとハヤシライスをトレーに載せた。

「藍之介、これ運んでもらっても――」

 いいかな、と口にする前に二の腕を引っ張られ心臓が跳ねた。

「言っておくけど僕、まだあきらめてないからね」

 来襲する囁き声は、幼さの中にある男らしさを浮き彫りにしていた。
 瞬く間の出来事に、動揺する前にパッと諌めを解放される。
 天使と悪魔を交えたような微笑みを見せたあと、藍之介はトレーを受け取り何事もなかった様子でキッチンを出た。

「やはり蒼牙、滅するべし」

 いつの間にか私のそばに立っていた閻火が、苦々しい面持ちで口にした。
 そんな必要はないと思う。
 だって私が自分を好きになれたのは、閻火のおかげなんだから。
 わずらしいはずの雨だって、優しい記憶とともに明るい未来を予感させる。
 またなにか素敵なきっかけを連れて来てくれるんじゃないか、って。
 そう思った矢先だった。
 ふと、窓の外に人影を見つけたのは。
 ぶつかった水の粒が流れるガラスの向こう側、迷うようにあちらこちらを行ったり来たりしている。
 一枚の戸を隔てた先にぼんやりと浮かぶシルエット。
 こんな日に傘を忘れるなんて、よほどぼんやりしていたのか、緊張していたかのどちらかだろう。
 そそっかしくて頼りなくて、お世辞にも威厳があるとは言えない人。
 だけど私にとっては、とても大事で切れない人。

「行ってきたらどうだ」

 すっと心に落ち着く、導くような優しい声。
 何度彼の言葉に救われてきただろう。
 やっぱりこの時も、背中を押してくれるのは閻火なのだ。

「大切な人間なのだろう、俺もきちんと話がしたい」

 そう言って、輝く瞳を細めながら私の肩をぽんと叩く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日

葉南子
キャラ文芸
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★ 妖が災厄をもたらしていた時代。 滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。 巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。 その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。 黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。 さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。 その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。 そして、その見合いの日。 義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。 しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。 そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。   ※他サイトでも掲載しております

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。  ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。  意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。 「あ、ありがとうございます」 と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。  あれは夢……?  それとも、現実?  毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音
キャラ文芸
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「“ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、“猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

神様の住まう街

あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。 彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。 真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ…… 葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い―― ※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。

古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記

月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』 でも店を切り盛りしているのは、女子高生!? 九坂家の末っ子・千花であった。 なにせ家族がちっとも頼りにならない! 祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。 あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。 ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。 そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と 店と家を守る決意をした。 けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。 類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。 ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。 そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって…… 祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か? 千花の細腕繁盛記。 いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。 伯天堂へようこそ。

処理中です...