鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 地面についた膝と手のひらが動かない。
 目だけ奪われたまま息を吸うことも忘れていた。
 立派な尖りをそのままに私の前に立った彼は、しばらくバツが悪そうに視線を宙に泳がせていた。
 やがて様子を窺うように神秘の瞳が私を映す。

「……まあ、あれだ、あんなにわかりやすい嘘をついては、当然の結果というもの」

 わかりやすい嘘。
 その意味を働かない頭で必死に探す。
 私と別れる時、最後に告げた言葉。
 「お前のことなど三日で忘れる」そう宣言していた。
 そして今日は、あれから三日後。

 静かに私を見下ろす、少し困ったような照れたような、初めての表情。
 そこに答えがにじんでいた。
 忘れられるはずがないと。実際忘れられなかったと。だからその台詞が嘘になった今、天邪鬼となり人間界に舞い戻ったのだと。
 
「……また、よろしく頼む」

 ただの短い一言に未来のすべてが込められていた。
 ようやく乾きかけていた目元が再び潤い始める。
 嫌だ。もっとよく見たいのに。
 大好きな姿が涙でぼやけていく。

「……うっ」
「萌香? 大丈夫か?」
「うああああーーーーん!!」
「萌香!?」

 恥も外聞もなく子供のように泣き叫ぶ。
 安堵とともに涙腺が崩壊した。
 いつもの涼しい顔が慌てふわめいて私に駆け寄る。
 近くに来るとやっぱり閻火だ。
 気配も眼差しも声音も全部、数えきれないほど再生の限りを尽くした、唯一無二の本物だった。

「なぜ泣く!?」
「うっ、うっ、そ……そんな裏技があるなんて聞いてましぇんよーーーっ!」
「いや、別に裏技ではないが。せっかくの再会だというのに嬉しくないのか?」

 高い背を屈めた閻火は、少し不服そうに私の顔を覗いている。
 ひっく、としゃくり上げながら瞼を擦り、懸命に視界を開く。

「……なんだ、俺が帰ってきては迷惑だったか?」

 拗ねたように唇を尖らせる、子供じみたわがままの中に確かに浮かぶ不安の色。
 俺様が板についているくせに、こんな肝心なところで私の涙に弱るなんて反則だ。
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