鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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「――あっ」

 キッチンに戻り冷蔵庫を開けると、中身を見渡したあとで小さな悲鳴を上げる。
 必需品である紙パックが見当たらなかったからだ。

「どうしたの、萌香?」

 後ろからかかった声に振り向くと、カウンター越しに立つ藍之介と目が合う。
 平日でも授業の都合がつく時は、こうして朝から入ってくれる。
 
「牛乳切らしちゃったみたいで」
「それは困るね、買ってこようか?」
「ううん、私がひとっ走りしてくる、ちょっとだけ店空けてもいい?」
「いいよ、今特に忙しくもないし」

 テーブル席にいる三人のお客様はもう注文済みだ。
 まだモーニングの時間帯で簡単なものなら藍之介でもできるので、私が買い出しに行くことにした。
 少しだけ感傷に浸りたい。そんな気持ちも手伝っての行動だったかもしれない。
 「けっこう寒いから気をつけて」と配慮してくれる藍之介に手を振り、二階の部屋にかけてあったコートを羽織ると店を出た。

 小走りで駅前のスーパーに向かい早々に用を足すと、行きよりも速度を緩めた足で帰路を進む。
 今朝のネットニュースで見たところ、今年は例年にない寒い冬だとか。
 そんな情報を知ったせいか、一分一秒温度が下がっている気がする。
 ひゅう、と一つ風が吹けば裸の首元が粟立ち冷えを訴える。

「さむっ……そろそろマフラーしなきゃ」

 閻火がくれたこの上着は襟がすっきりしていてショートカットの私には少し頼りない。
 それでも愛用しているのは、忘れられないからだろうか、忘れたくないからだろうか。
 
 ふと、視界を横切る公園前で立ち止まる。
 滑り台とブランコしかないこじんまりとした遊戯場は、私がしまちゃんを拾った場所だ。
 しまちゃん、元気かな。閻火に懐いてたな。
 初対面とは思えないほどあっという間に肩に乗った光景が脳裏に浮かぶ。
 ふらふら引き寄せられるように砂利道に足を運んだのは、見事な紅葉こうようが辺り一面を覆っていたからだ。
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