鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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「それ、とっても綺麗ですね」

 ハッとして顔を上げる。
 目の前に立っていたのは、試食会で葉月ちゃんのチラシを見て来店してくれたママさんだ。
 あれから週に一度は近所の友達を誘いこの店を利用してくれている。
 彼女が見ているのはレジ横に置かれた細い筒形のガラス花瓶。そこには一輪の花のように挿された赤い羽がある。先端の虹色を含め、羽軸全体がラメのような煌めきを纏っていた。

「ありがとうございます、非売品なんですよ」
「鳥さんの羽、キラキラきれー!」
「うんうん、綺麗だねぇ」

 レジ台より少し背の低い女の子が、無邪気に指差しキャッキャと笑う。
 この子が破いた壁紙部分には、カバーするように可愛らしい絵が貼ってある。
 お父さんとお母さんと彼女自身。女の子がクレヨンで描いた優しいタッチの家族図だ。
 
 ぼんやりとしていた自分を諌め会計を済ませると、満面の笑みで手を振る女の子に小さく応える。 
 扉の向こうに消えていく二人を見送ると、私は左右に揺らしていた手を止め、視線を落とした。
 未だ輝きを失わない翼の一部は、彼そのものを彷彿とさせる。
 懐かしむには時が浅すぎる。大切なのに破棄してしまいたい、そんな葛藤と闘う毎日。
 
 私が倒れてから営業時間を変更した。
 正しくは、おばあちゃんがいた頃と同じに戻した。
 朝八時から夕方五時まで。夜のお客様は駅前のレストランや居酒屋に任せる。
 土日のアルバイトも辞めた。
 固定のお客様がついてくれたおかげだ。
 蜜香子も言っていたように、突発的な人気は長くは続かない。
 美月フィーバーは一週間も経たず終わりを告げ、その後は適度に忙しい日々が過ぎている。
 絶えず注目を集めるような流行の最先端を行く店作りは私には無理だし、したいとも思わない。
 目指しているのはお客様と距離の近い優しい場所。
 すべての品において量を調整できるのも、ソースの種類を選べるのも、取り止めのない世間話ができるのだって、余裕があるから叶うこと。
 敷居の低い親しみある店、かつて憧れであったおばあちゃんの空間は、少しずつ私の特別な世界に進化しつつある。
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