鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 閻火は椅子に座っていた。
 問答無用で「まずい」と突きつけた、あの日の閻火を思い出す。
 桃源はさっきの位置から動かず、両手を後ろに組み待機していた。
 店内の床を踏みしめる。
 こうして私が作ったものを閻火に運ぶ。当たり前になりつつあった感覚がひどく尊く感じた。
 
「どうぞ」

 気の利いた言葉も出なくて、そっけないほどあっさりとコーヒーカップを置く。
 閻火はテーブルの前に出された品を、しばらく無言で眺めていた。

「萌香さん、私のはないのでしょうか?」
「え……? あっ、あります、ありますよ!」

 桃源のことも、自分のこともすっかり抜け落ちていた。
 閻火にコーヒーを淹れるのは、長いようで一瞬だった。
 作法やおばあちゃんのやり方も追わずに、思うがままやってしまった。
 きっとひどい味になっただろうな。
 それでもほんの少し、私の気持ちが伝わればいいのに。
 本当に、ただ、そう思っただけなのに――。

「今すぐ準備しますね、ちょっとだけ待ってくださ」
「うまい」

 私の声にかぶさるように、訪れた声音。
 急いでキッチンに向かおうと踵を返していた私は、目を見開き立ち止まると、ゆっくりと後ろを振り返った。
 そこにはカップの持ち手に指を添え、じっとコーヒーを見つめている閻火がいた。
 今のは、聞き間違い――?
 胸の内がざわめく。
 茫然とする私の前で、閻火がカップを持ち上げる。
 薄い唇につけたそれを上品に傾けて、噛みしめるようにしずしずと、音もなく堪能した。

「うまい」

 低くやや震えた声は感嘆以外の他でもなかった。
 閻火はソーサーの上にカップを戻すと、迷いのないクリアな瞳で私を見た。
 トレーが滑り落ちる。
 力を失くした指先から、するりと大事ななにかを失うように。

「なにを考えて淹れた?」

 嘘だと疑う私に、閻火は手を差し伸べるように聞いた。
 さっき、考えていたこと。
 器具を清める時も、豆を選んで挽く時も、蒸らしも抽出の間だって、一つのことしか頭になかった。
 閻火の喜ぶ顔が見たい。
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