鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
143 / 158
究極の選択

12

しおりを挟む
「あ……そ、そうだっ!」

 重い空気を変えるために背筋を伸ばして手を叩く。
 
「とりあえずお茶……あ、コーヒー……コーヒーでも飲みませんかっ? ちょっと、いろいろ頭がついていかなくて……少しだけ落ち着いて話したいというか……ダメですか?」

 二人の間を忙しなく行き来する黒目。
 焦りながら提案をする私に、桃源は空気が抜けるように柔らかく微笑んだ。

「それくらいかまいませんよ、どうせ規定は大幅に過ぎていますから、今更十分、二十分遅れたところでなんということはありません。ねえ、閻火殿?」
「…………ああ」

 閻火は相槌まで時間をかけた。
 ルビーを嵌めたような瞳は、絶えず私を映し強い意志を訴えていた。
 応えるでも拒否するでもなく、そっと視線を外しキッチンへと向かう。
 台に並んだコーヒー器具を見据え、清潔な布巾で磨くように拭く。
 閉店時にするよりも丁寧に、大事に扱いたくなった。
 コーヒー豆を選ぶ。
 閻火が自分で淹れたものはいつも濃厚な香りがしていた。
 苦味が好きなのだろうと、深煎りの豆に決める。
 コーヒーミルに黒茶色の粒を投入し、銀色のハンドルを回す。最初は重い感覚が、砕けていくとともに軽くなる。電動では味わえないすぐそこにある挽きたての香りは手間と引き換えのご褒美だ。
 もっと細かく挽いた方がいいかな?
 お湯の温度は少し高めで、えぐみが出ないように豆の比率は抑えて。
 ケトルの温度計を確認し、ドリッパーにセットしたフィルターに粉を入れると、豆全体が湿るようにゆっくりとお湯を注ぐ。
 透明の容器にぽたぽたと落ちる旨味の雫。
 閻火は喜んでくれるだろうか?
 ふわっと広がる香りの中で、疲れが吹き飛んだらいいのに。
 私のために疲れた身体が少しでも癒されることを願う。
 閻火の好みを想像しながら、優しく円を描くようにお湯を注ぐ。
 ここだ、と思ったところでケトルを下ろし、素早くドリッパーを外す。
 最後に用意していた陶器のカップにガラスジャグを傾けた。
 ブラックチョコレートのように深い色味の液体が、芳醇な湯気を漂わせながら白い食器に収まっていく。
 ちょうどいいところで注ぎを止め、ガラスジャグをトレーに持ち替えるとソーサーごとカップを置いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。  ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。  意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。 「あ、ありがとうございます」 と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。  あれは夢……?  それとも、現実?  毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音
キャラ文芸
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「“ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、“猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

熊野古道 神様の幻茶屋~伏拝王子が贈る寄辺桜茶~

ミラ
キャラ文芸
社会人二年目の由真はクレーマーに耐え切れず会社を逃げ出した。 「困った時は熊野へ行け」という姉の導きの元、熊野古道を歩く由真は知らぬ間に「神様茶屋」に招かれていた。 茶屋の主人、伏拝王子は寄る辺ない人間や八百万の神を涙させる特別な茶を淹れるという。 彼が茶を振舞うと、由真に異変が── 優しい神様が集う聖地、熊野の茶物語。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

私の食卓には、愚痴を聞いてくれる神様がいる。

柚木ゆず
キャラ文芸
 人間関係や仕事のアレコレで悩む、新人OLの月島梨奈。そんな彼女の前に産土神である七坂が現れ、不思議な一時が幕を開けるのでした――。

処理中です...