鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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「あ……そ、そうだっ!」

 重い空気を変えるために背筋を伸ばして手を叩く。
 
「とりあえずお茶……あ、コーヒー……コーヒーでも飲みませんかっ? ちょっと、いろいろ頭がついていかなくて……少しだけ落ち着いて話したいというか……ダメですか?」

 二人の間を忙しなく行き来する黒目。
 焦りながら提案をする私に、桃源は空気が抜けるように柔らかく微笑んだ。

「それくらいかまいませんよ、どうせ規定は大幅に過ぎていますから、今更十分、二十分遅れたところでなんということはありません。ねえ、閻火殿?」
「…………ああ」

 閻火は相槌まで時間をかけた。
 ルビーを嵌めたような瞳は、絶えず私を映し強い意志を訴えていた。
 応えるでも拒否するでもなく、そっと視線を外しキッチンへと向かう。
 台に並んだコーヒー器具を見据え、清潔な布巾で磨くように拭く。
 閉店時にするよりも丁寧に、大事に扱いたくなった。
 コーヒー豆を選ぶ。
 閻火が自分で淹れたものはいつも濃厚な香りがしていた。
 苦味が好きなのだろうと、深煎りの豆に決める。
 コーヒーミルに黒茶色の粒を投入し、銀色のハンドルを回す。最初は重い感覚が、砕けていくとともに軽くなる。電動では味わえないすぐそこにある挽きたての香りは手間と引き換えのご褒美だ。
 もっと細かく挽いた方がいいかな?
 お湯の温度は少し高めで、えぐみが出ないように豆の比率は抑えて。
 ケトルの温度計を確認し、ドリッパーにセットしたフィルターに粉を入れると、豆全体が湿るようにゆっくりとお湯を注ぐ。
 透明の容器にぽたぽたと落ちる旨味の雫。
 閻火は喜んでくれるだろうか?
 ふわっと広がる香りの中で、疲れが吹き飛んだらいいのに。
 私のために疲れた身体が少しでも癒されることを願う。
 閻火の好みを想像しながら、優しく円を描くようにお湯を注ぐ。
 ここだ、と思ったところでケトルを下ろし、素早くドリッパーを外す。
 最後に用意していた陶器のカップにガラスジャグを傾けた。
 ブラックチョコレートのように深い色味の液体が、芳醇な湯気を漂わせながら白い食器に収まっていく。
 ちょうどいいところで注ぎを止め、ガラスジャグをトレーに持ち替えるとソーサーごとカップを置いた。
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