鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 いっそ藍之介のように鬼の力を利用し、奪ってくれたらよかったのに。
 だけど閻火はそんなことしない。
 間違いなく私自身に、正々堂々とぶつかってくる。
 そんな閻火が、今は珍しく焦って見えた。
 眉間に皺を寄せ、苦しげに、なにか大きなものを耐え凌いでいるようだった。

「えん、び……!?」

 みるみるうちに赤毛の美青年は角と牙の生えた和服姿へと変わる。
 それ自体は問題ではない。私と二人きりでいる時はいつもこの状態なのだから。
 驚いたのは閻火の額に玉の汗がにじんでいることだ。
 私を離すまいと両肩を掴む手に力がこもる。
 まるで無意識のうちに変身が解けてしまったようだ。
 こんな余裕のない閻火を見るのは初めてだった。

「そろそろ限界でしょう?」

 歌うように綺麗な声が鼓膜をかすめる。
 閻火から視線を外し気配のする方を見ると、扉の前に美しい姿勢で立つ紳士がいた。
 目の覚めるような蛍光色の黄色い髪、エメラルドグリーンの正装は詰襟から裾までボタンが並んでいてベルボーイの印象に近い。
 一度見れば忘れるはずがない黄金に近い瞳は、私たちを真っ直ぐに見据えていた。
 どこから入ったのかなんて聞く必要もないだろう。やっぱり彼も人間ではなかった。
 試食会の日、颯爽と現れ消えていった彼は、ポニーテールを揺らしながらこちらに近づいた。左胸には五百円玉サイズの丸いバッジがつけられている。その中に描かれた柄はなんと桃だった。

「閻火殿は天邪鬼ではなく正真正銘の鬼ですからね、人間の格好に変化するのはひどく力を使うのですよ。要するに彼は今疲労困憊なのです……命をすり減らすほどのね」

 閻火はようやく顔を上げると、さっきの辛さが嘘のように冷淡な顔をした。
 これも彼の強がりなのだろうか。
 人間の姿にはなれないのか問いかけた時、閻火は「みなが自分に惚れてしまうから」と冗談めいたことを言っていた。
 嘘をつけないならそれも本当の一部ではあったのだろうが、大部分の理由はこれだったのではないか。
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