鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 家庭の悩みを相談しても、おばあちゃんが口出しできなかったのはそのためだ。
 自分の娘のせいで離婚させておいて、再婚がダメなんて言えなかったのだろう。
 「私の育て方が悪かったのかねぇ」と、ぽつりつぶやいた小さな背中が今でも忘れられない。
 
「恋人ではない、伴侶だ」

 蜜香子は閻火の台詞に驚くでもなく、素知らぬ顔で手近にあった椅子に腰かけた。
 形だけの娘が結婚しようとしまいと興味がないのだろう。
 私のことはもういい。けれどおばあちゃんが大切にしていたこの店を愚弄することだけは許せない。
 キッチン台に買い物袋を置いていると、蜜香子がハンドバックから細長い筒状のものを取り出すのが見えた。

「すみません、うち禁煙なので」

 横目で捕らえたタバコにすかさず注意を促す。
 蜜香子は人差し指と中指に挟んだそれを口元に運ぼうとしたところで静止した。
 パールホワイトにコーティングされた爪が照明を受け光っている。
 
「少しくらいいいじゃない、お母さんなんだから多めに見てよ」

 都合いい時だけ親だなんて冗談じゃない。

「私はあなたを母親だとは思っていませんし、それとこれとは別です」

 なだらかに描かれた眉が一瞬ぴくりと動いたかと思うと、蜜香子の手からタバコが落ちる。
 指を開いて、わざとなのは明確だった。

「あら、ごめんねぇ、手が滑っちゃったわ」

 なにがそんなに可笑しいのか、さも楽しげに狐のように目を細める。
 以前の私なら逆上していたかもしれないけれど、今は挑発に乗るのもバカらしい。
 床にあるタバコはあとで拾って捨てればいい。ただそれだけのことだ。
 なにをしたってもうこの人が私たちの聖域を汚すことはできない。
 自分だけが置き去りにされているといつになれば気づくのだろうか?
 そう思うと着飾った嘘の美しさがひどく滑稽に見えた。

「萌香ちゃん、そろそろこのお店を手放す気になったかしら?」

 おばあちゃんが亡くなってから、蜜香子はこの話ばかりだ。
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