鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 また一枚カレンダーがめくられた十一月初旬。
 銀色のススキから紅色に染まるもみじへと背景が変わる。
 移ろう季節を今ほど噛みしめて過ごした時はなかった。

 閻火と交わした約束の期限まであと三日と迫った夜だった。
 駅近くのスーパーマーケットに翌日店で使う材料を買い足す。
 気温の急降下を耐え凌ぐモカブラウンのチェスターコートは閻火がくれた。私には上質すぎると思ったもののありがたく頂戴した。だって寒いんだもの。
 隣を歩く贈り主は相変わらず薄手のジャケットを羽織り背筋を伸ばして歩いている。
 なんなら全裸でも平気だそうだ。苦手なのは内部への冷たい刺激だけで、外側から受ける寒さは問題ないらしい。
 なぜかと聞くと「熱い男だからだ」とよくわからないような、なんとなく納得できるような謎の発言をしていた。

 私の左手には白いナイロンでできた小さな袋が持たれている。
 真横に並ぶ閻火は、右手に同じ荷物をぶら下げている。違うのは私のものより大きくて重いということだ。
 そして買い物袋がない手には互いのぬくもりが繋がれている。
 自分のものだと見せつけたいのか、外出時は特に手を握りたがる閻火に根負けして許したのが最後。気づけば習慣化しすっかり抵抗することもなくなった。
 仮に私を妻にしたところで自慢になんかならいないだろうに、本当に物好きだ。
 ――まだ三日ある。もう三日しかない。
 時の経過を追うごとに、私の中に二つの感情が芽生えた。焦りと疑問。
 私は閻火に「おいしい」と言ってほしいのだろうか、ほしくないのだろうか。
 答えは出ないまま未来は高波のように押し寄せる。

 暗がりの中、ほのかに街灯に照らされた店が見えてくる。
 近づくほどに誰かがうちの出入り口の前に立っているのがわかった。
 今日の営業はとっくに終了していて店内は真っ暗なのに、こちらの都合など考えない訪問者はくるりと振り返る。
 平安貴族、もしくは大和撫子を思わせる背中まで流れる艶やかな黒髪。
 私も最初はこの見た目に騙された。
 お人好しなお父さんもそうだったと思う。

「こんばんは、萌香ちゃん」

 静かに立ち止まる私に、紙面上の母親は能面のような笑顔を貼りつけた。
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