鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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「葉月の部屋でチラシを見つけて面白そうだから来たのよっ」
「あれは本当に素敵なチラシでした、すごいですよね葉月ちゃん」

 私の台詞に「え?」と首を傾げる母親。
 その反応に葉月ちゃんが自分で作成したことを話していないことがわかる。
 両親ともに忙しくて、伝えることができなかったのだろうか。自分の娘の魅力も努力も知らないなんて、それほどもったいないことはない。

「あの、葉月ちゃんのお母さん」
美月みつきでいいわよっ」
「美月さん……娘さん、すごくいい子です、真面目で優しくて頭もよくて、羨ましいくらい」

 突然なにが始まるのかと、美月さんは太いラインを引いた目を丸くした。
 
「仕事が忙しいのも、楽しいのもわかります。でももう少しだけ……葉月ちゃんとの時間、作ってみませんか?」

 独身で子供もいない、こんな小娘が人様の家庭に口を出すのは褒められたことではないと思う。
 それでもどうしても言わずにいられなかった。
 バカなお節介が一人くらいいてもいいのではと信じてみたくなった。
 それは美月さんに期待をしたからだ。
 猫を飼うのを認めてくれた。今日だって行動をともにしている。なによりも――。

「……私が料理したのっていつだったかしら?」

 不意に美月さんが、つぶやくように自問する。
 表情に陰りが見えたのは、本来の明るさへの序章に過ぎない。
 
「葉月が聞き分けのいい子だからって安心しきってた。まだ中学生なのにね……大事な娘においしいを伝えられなくて食事ライターなんて恥ずかしいわ」

 美月さんは顔を両手で覆いうずくまるように背中を丸めた。
 みなまで言わなくても気持ちが届いたようでホッと胸を撫で下ろす。
 心配そうに母親を覗き込む葉月ちゃん。今度は彼女に投じたい言葉がある。きっと本人は気づいていないと思うから。

「葉月ちゃんって愛されてるよ、だってそんなに大事にしてるアカウントが娘の名前なんだから」

 頭に疑問符を浮かべる葉月ちゃんが、私の瞳を探るように見る。
 ようやくその答えにたどり着いた時、優しく垂れた目尻に赤みが差した。
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