鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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個性的な客

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 自分の手に馴染む器具という考えはなかった。
 そっか、長年愛用することでただの道具ではなく相棒のような信頼関係が生まれるのかもしれない。意識しなくても安心の逸品ができあがるような。
 いつかそんなことをさらりとやってのける自分を想像して気分を高めた。

 せっかく仕上がったコーヒー、私たちだけで味わうのはもったいない。
 そう思った私は三人が淹れてくれたコーヒーを、他のお客様にも提供することにした。
 おじさん二人は恐縮した様子で頬をかいたりして照れくさそうだった。
 
「趣味で家のコーヒーを淹れている程度だから、店で出すのはなんとも恥ずかしいよ」
「使い慣れていない器具だと勝手が違うし緊張すると余計にダメだ、いや、萌香ちゃんはやっぱり度胸があるよ」

 どうやら二人とも思い通りにはならなかったようだ。まさか状況や気持ちまで反映させるのだろうか。

「知れば知るほど奥深い……まさしくコーヒーは人生そのものですね」

 完璧な手順で器具を操り、蒸らしから抽出へ段階を進める瓶底メガネの彼女が告げた。
 一聞、大袈裟とも取れる台詞だけれど、真剣にドリッパーを外す姿を前にすると否定できなかった。
 爽やかで上品な香りが立ち込める。
 閻火が淹れたものとはまるで違う。臭覚から得る情報だけでもこんなに区別がつくなんて。
 彼女の手から受け取ったコーヒーカップ。胸いっぱいに息を吸い込んだあと、そっと唇をつけ確かめるように傾けた。
 
「んんっ……おいしい!」

 唸り声がにじむほど、口当たりのいい優しい味だ。ブラックの渋みもいい感じだしミルクを足せばまろやかさも楽しめそうだ。

「すごい慣れてますね、もしかしてカフェ経営されてるとか?」
「いえいえ、私は基本的にいただく専門ですので、あの……」

 彼女は姿勢を低くし、メガネのブリッジを中指で押し上げながら続ける。

「こちらのお店をSNSで紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
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