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個性的な客
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ふう、と短く息を整えると意志を込めて彼を見上げる。
「ここは喫茶店です。今日は試食会ですので、どうぞお楽しみください」
「ええ、もちろん。せっかく来たので堪能させていただきますよ。ほんの挨拶代わりです、またお会いすることになると思いますので」
毒のない表情で了承した彼は、光を帯びたポニーテールを靡かせテーブルに歩み寄った。
冷たいジュースを難なく口にしていることから、鬼ではなさそうだと感じる。
気づけば止まった時間が動き出し、各自試食を楽しむ光景に戻っていた。
「お姉ちゃん、今の人知り合い? まさかもう一人の婿候補?」
「綺麗な人ですね、カッコイイ閻火さんと可愛い藍之介さんと……三人でアイドルでも組めそうです」
浮き足立った様子で声を弾ませる風子と葉月ちゃんを「そんなわけないでしょ」とあきれながら一蹴する。
依然として閻火と藍之介の姿はない。
彼が訪れたタイミングで、明らかに不自然だ。
引っかかることはたくさんあるけれど、悠長に思案をしている暇もない。今は絶賛開店中なのだから。
それを知らしめるようにキッチンから声が飛んでくる。
「おーい、萌香ちゃん」と伸びやかに私を呼んだのは恰幅のいいおじさんだ。コーヒーを淹れるのを待ち兼ねている三人の元に小走りに到着した。
「お待たせしました」と口にしたあと、キッチン台にコーヒー器具を並べる。軽く用途の説明をすると、みんな譲り合いの精神で順番に豆を挽くところから始めた。
「おや、コーヒーミルを新しくしたのかい?」
「でも柚子香さんと同じ手動だね」
さすが目ざとい。昔からおばあちゃんがコーヒーを淹れる姿を見続けていた証拠だ。
「はい、なぜかおばあちゃんのだと余計にうまく淹れられなくて……」
「それはたぶん柚子香さんが長く使っていたからかもなぁ」
「萌香ちゃんに馴染むミルになってくれたらいいね」
二人の会話はコーヒーミルの手動と電動からハンドドリップとコーヒーメーカーの議論へと広がっていった。
「ここは喫茶店です。今日は試食会ですので、どうぞお楽しみください」
「ええ、もちろん。せっかく来たので堪能させていただきますよ。ほんの挨拶代わりです、またお会いすることになると思いますので」
毒のない表情で了承した彼は、光を帯びたポニーテールを靡かせテーブルに歩み寄った。
冷たいジュースを難なく口にしていることから、鬼ではなさそうだと感じる。
気づけば止まった時間が動き出し、各自試食を楽しむ光景に戻っていた。
「お姉ちゃん、今の人知り合い? まさかもう一人の婿候補?」
「綺麗な人ですね、カッコイイ閻火さんと可愛い藍之介さんと……三人でアイドルでも組めそうです」
浮き足立った様子で声を弾ませる風子と葉月ちゃんを「そんなわけないでしょ」とあきれながら一蹴する。
依然として閻火と藍之介の姿はない。
彼が訪れたタイミングで、明らかに不自然だ。
引っかかることはたくさんあるけれど、悠長に思案をしている暇もない。今は絶賛開店中なのだから。
それを知らしめるようにキッチンから声が飛んでくる。
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